玄関から飛びだしてきた彼が目に入った時、愛おしさは微塵も感じなくなっていた。
その代わり、沸々と怒りが込みあがる。
どの口が言う。
『僕が彩矢香の支えになるから』
なんて。大事な幼なじみを貶めたくせに。
一刻も早く、身体に絡みつく手を退けてほしくてウズウズしていた。
『ここもそう。手鏡だって全部、あの時間になったら割れてたんだ。助かる方法が1つもないっていうのは本当なのかもしれない』
映像を見ていなければ完全に騙されていたほど、彼は嘘が上手い。
一度線を引いてしまうと、これまでのすべてが嘘のように思えてしまう。
そもそも、私がそうするつもりだった。
だから最後の文言を書き換えたが、まさか逆手に取られてしまうとは。
今夜まで待てず、すぐにでも怒りをぶちまけてしまいそうだから、私は彼を突き放そうとした。
にも関わらず、コバンザメのようにくっついてくる。
しょうがないから、聖矢へのテストには使ってあげた。
『イヤだ!』
——バタンッ!
『『…………』』
うん、満点。
この調子なら、末長く部屋の中で沈黙を続けてくれそうだ。
人のことをとやかく言うくせに、私も嘘が得意になっている。しかも、ポロリと涙を流せるまでに。
それでやっと諦めてくれた彼と約束をして、玄関の前でお見送り。
『じゃ……気をしっかりね』
『……えぇ』
そちらこそ、覚悟してね。すでにプランは考えてあるから。
もうすぐ通夜だというのに、鼻歌なんて不謹慎の極み。
ここならバレないかと、香澄の寝室で大きめに歌いながら、水銀が入った小瓶をこっそり引き出しの奥に忍ばせた。
次のお見送りは、きっと彼女になるだろう。



