ある日、母が大きな封筒を私に差し出す。

その中身は、都内の有名な私立中学のパンフレットだった。

『あなたはここに入学するの。いい?』

私の肩に念を推す、その目はまさに威圧の塊。

5年生の秋、今のいままで教育に関心がなかった母からの突然の進路決定。

納得がいかなかった。そらと同じ地元の中学に進学すると思い込んでいたから。

あの日が初めて。自分の気持ちを赤裸々に曝け出したのは。

『絶対にイヤだ! 私は星都中に行く!』

そう泣きながら訴えたけれど、今度はいつも通り優しく、

『あなたはわたしの唯一の誇りよ。その期待を裏切らないで……。あなたには幸せになってほしいの』

と、何度も頭を撫でた。

女手一つ、常に私のことを一番に考え育ててくれた。

そんな母にとって、私は希望の象徴であり、私にとっても唯一の家族。

この期待は裏切れない。そう思った。

親友だもの。もちろん、そらに受験のことを相談する。

『そっか……。東京に行くんだ……。寂しいな。でも、さっちゃんは行くべきだよ!』

なんて、彼女は伏し目がちに言う。

私は、そらのことが心配だった。だって、私がいなくなったら、彼女は独りになってしまうから。

そんなおこがましい罪悪感を汲み取って払拭するように、

『ある意味、よかった! うちね、部活しようと思ってたの。勉強はダメだけど、運動神経には自信あるからさ!
でも、さっちゃんは苦手じゃん? 東京に行っちゃうなら、心置きなく部活に打ち込めるし!』

なんて、気付けば涙が溢れていた。

独りにさせたくないという思いをそらも持っていたんだと、嬉しいような切ない感情。

泣きじゃくる私を抱きしめて、

『離れても関係無いよ! うちら、ずっと親友じゃん。ね?』

と、そらは言った。

今でも鮮明に思い出せる。きっと、永遠に忘れることはない。

そして、願う。この時に戻りたい、と……。

中学受験という決断は、運命の歯車を大きく狂わせてしまった。

それは私にとっても、そらにとっても。