バス停からの道も身体が覚え、一度たりとも道をまちがえることなく。
最初は厳粛な雰囲気に尻込みした病院の受付も、4回目ともなれば笑顔を交わす。
だが、すべてを見逃されるわけではない。
「キミ、それは?」
窓口常駐の警備員が祐一郎の肩掛けバッグを指差す。
「カメラ、ですけど?」
「さすがに、それは持ち込めないな。受付で預かっておくからサインして」
「はぁ……」
少し残念そうな祐一郎の横で、面会者名簿に記帳をして、階段の方へと向かう。
「大橋くん、こっちだよ」
すると、警備員がエレベーターのボタンを押した。
……あれ?
磨理子さんの母親がいるのは2階だ。わざわざ、それを使うまでもない。
首を傾げる俺に手招きをし、3人で乗りこんだ。
「今日は特別に、談話室での面会をって。院長の粋な計らいだよ」
「ぁ、そうなんですか」
ドアが閉まる。
「君江さんは不憫な人だからね……本当は、こんな所にいなくたっていいのに」
密室がそうさせたのか、はたまた気を許している証か、警備員は今までにない個人的見解を述べる。
しかし、それ以上は訊くなと言うように背中を向けた。
……俺だけじゃないんだ。彼女に対して、憐れみを抱いていたのは。
なにも語らない恰幅のいいその背中に、俺は深い慈悲を感じた。
4階で降り、先導して歩く警備員。
「ここだ」
俺たちはおもむろに中をのぞく。
……ぁ。
陽の光が射しこむ窓際の席に、彼女はいた。
窓の下の木々や、空を飛びまわる鳥たちとまるで話をしているように、穏やかな微笑みを浮かべている。
本当は、恋しいはずだ。
俺たちにとって当たり前の、緑、風、雨。
……それらは彼女にとって“外”の世界。
「君江さん」
思わず、初めて、名前を呼んだ。
嘘偽りではなく、ひとりの女性として向き合おうと思って。


