「彼女、もとの状態に戻らなかったみたいだね」
「……あぁ」
「でもさ、キミのおかげで、ひとつの命が救われたんだ。そんなにヘコむなよ!」
「…………」
彼はわざわざとなりに椅子を持ってきて、素直に喜べない俺とともに夜明けを迎えた。
肩がぶつかることは一度もなかったのに、ずっと優しさに触れていたような気がする。
それは、久しぶりに味わった“友達”の感触だった。
「これから、どうする? もちろん、まだあきらめてないんだろ?」
「ぁ、当たり前だろ!」
「じゃあ、一緒に沙奈ちゃんの呪いを解く方法を考えようぜ!」
まんまと奮い立たされ、待ってました!と言わんばかりに微笑む祐一郎。
「そうだな。とりあえず……」
俺は、引き出しにしまっておいた日記を取り出す。
「これを返しに行かなきゃ」
娘の形見として、母親が大事に持っていた品。
このまま、ここに置いておくのは忍びなかった。
「じゃ、僕も行っていい?」
「え!? ……本気?」
「うん、マジ!」
俺は勢いにのまれず、判断を保留した。
決めるのは俺じゃなく、磨理子さんの母親だから。
廊下があわただしくなる前に、看護師の目を盗んで病室を抜け出し、難なく病院から出る俺たち。
ファストフード店で軽めの朝食を摂って、電池残量の少ない携帯で電話を掛けた。
等間隔で鳴るコール。
俺は思わず、苦笑した。
「なんで笑ってんの?」
『いや、ちょっぁ……すみません、こんな朝早くに』
名前と用件を伝えると、電話を本人のいる階に転送してくれた。
「約束してたんだよ。今度行くときは、前もって連絡するってさ。それを今、思い出して」
「僕が行くって言わなかったら忘れてたんだ?」
「ま、まぁ……そういうこと」
保留音を聞き流しながら会話をしていると、
『もしもし? 大橋くん?』
磨理子さんの母親が息を切らしながら電話に出た。
よっぽど楽しみにしていたのだろう。
それを裏切るわけにはいかない。
『これから、そっちに行こうと思ってるんです。この前、約束したでしょ?』
『まだ1週間も経ってないのに? すごくうれしいわ!』
俺が気まずそうに眉を撫でると、祐一郎はストローの袋を丸めて投げてくる。
『それで、あの……今日は僕の友人も一緒なんですけど、いいですか?』
『ええ、全然構わないわよ。にぎやかな方が楽しいじゃない』
快く了解をもらい、俺たちは人里離れた病院へと向かった。


