ダ・ル・マ・さ・ん・が・コ・ロ・シ・タ2 【完】




小学校にあがると、毎朝、娘の長い髪を櫛で梳くのが日課になった。

鏡に映るその顔は、年を重ねるたびに磨妃へ似てゆく。

妻は、ここに生き続けている。そんな風に安らぐ大切な時間だ。

もちろん、まだまだ手はかかる。

名前入りの雑巾を持ってこいだの、劇の衣装を作れだの、学校生活に必要なものをそろえるのもひと苦労。

不器用な私は裁縫が一番苦手。

それを見かねてか、夏休み前に担任の佐伯先生が家にやって来た。

ショートカットが似合い、器量もよく、娘も慕っている若い女性だ。

「兵藤さん、ご無理なさってませんか?」

「いえいえ、私は全然!」

家庭環境に問題があると判断されたら厄介だ。

私は、どうにか必死に取り繕う。

しかし、先生はそういうつもりで来たのではなかった。

「実は、私も父子家庭だったんです。小さい頃に母を病気で亡くして……だから、他人事のように思えなくて」

切なげに話す彼女の表情に、苦労を垣間見る。

大人よりも、子供は敏感だ。

「せんせー! あっちで遊ぼっ!」

普段はひとりで寡黙に遊んでいる磨理子が、彼女の薄手のブラウスを引く。

「え……いいですか?」

「もちろん!」

和室に飛び交う笑い声。

髪型はちがえど、ふたりのうしろ姿はまるで親子のよう。

私は仲間に入れてくれないのか……と嫉妬するぐらいに、仲睦まじかった。

それからも、たびたび先生は私たち親子を気にかけてくれた。

得意の料理を振る舞ってくれたとき、娘が寝付くまで添い寝をしてくれたとき、母親の存在価値を痛感する。

それは親心だけでなく、幼心にも。

いつからか、娘は彼女のことを“先生”と呼ばなくなった。

どう位置づけていいのか、戸惑っていたんだと思う。

このままその優しさに甘えていてはいけない。

そう思った私は、先生と話し合う時間を設けた。

「色々と、本当にありがとうございます。でもこれ以上は、娘に変な期待をさせてしまう」

「期待?」

「……母親のぬくもりですよ。もうすぐ磨理子も2年生です。この1年、お世話になりました」

「…………」

しばし沈黙した後、彼女は言う。

「私、まりちゃんのお母さんになりたいです」

この言葉には当然驚いたが、同時に込みあがる嬉しさ。

私が君江に対して好意を抱いていた証拠だった。

変な期待をしたくなくて苦しかったのは、他でもない私自身。

磨妃のことを忘れたわけじゃない。今も変わらず愛している。

ただ、思い出だけじゃ心細すぎた。

程無くして、君江は家を引き払い、私たち親子の仲へごく自然に溶け込む。

しかし……。

それは、愛が狂気と化す家庭の起源だった。