事件には、昼も夜もない。

加えて、部屋を間借りしての監視や、車の中での張り込み。

執念が犯人逮捕に結びつくと信じていた私は、かつて持てる時間のほとんどを刑事として費やしていた。

ヒゲは伸ばしっぱなしで髪もボサボサ。

いつもヨレヨレのスーツに、何日も履き続けた靴下。

いうまでもないが、女には一切縁がない。

だからこそ、全身全霊を“正義”とやらに注ぎこむことができた。

その甲斐あってか、県警内から私はこう呼ばれはじめる。

“迷宮の門番”

事件が迷宮入りするかどうか、最後の砦として立っているのが兵藤新八だと。

固いイメージを持たれた私だが、決して恋と呼ばれるモノをしてこなかったわけじゃない。

稀に署のデスクに帰ると、必ず熱いお茶を差しだしてくれる女性がいた。

坂下磨妃。となりの部署の若い新米刑事。

彼女の笑顔と労いの言葉には、いつも心の底から癒された。

そのために署に戻っているといっても過言ではないぐらいに。

だが、相手はまだ20代前半。

こちらは当時、30過ぎ。

どうもこうも、結果は初めから見えているようなもの。

勝手に壁を作れば進展などあるわけもなく、あっという間に2年ほど経った、ある日。

その日は、署内の長椅子で夜を明かした。

背もたれに置いたはずのジャケットが消えていて焦っていると、

「これ、アイロン掛けときましたから」

彼女が穏やかに微笑みながら差しだした。

受け取ろうと手が触れ、目が合った瞬間。

「け、結婚してくれ!」

うれしさあまって完全に血迷い、そんなことを口走ってしまった。

しかし彼女は……。

「仕事、辞めなくてもいいなら……」

はにかみながら、たったひと言だけそう言ったのだ。

その後の交際期間もごく短く、新婚旅行もない。指輪だって安物だった……。