せっかくだからと、アリシアもお忍び用の名前を名乗る。アリアというのも可愛らしい響きでなかなか好きだ。



「分かった。では最初はどこへ行こうか、アリア」



(……あれ?)



 イルヴィスの口から『アリア』と呼ばれた瞬間、アリシアは何か引っかかるものを覚えた。



(何だろう……前にどこかで、この声にこの名前を呼ばれたような気が……)



 街中で名乗る機会がある時は「アリア」と名乗るが、アリシアのことを日常的にそう呼ぶ人間はあまり多くない。

 それこそ、リリーやそのカフェの常連客ぐらいだった。



「どうした?」



 イルヴィスの不審がる声がして、アリシアはハッと我に返る。



「何でもありません」



 思い出せないのだから、きっと気のせいなのだろう。


 そんなことより、今からどこに行こうか考えなければ。

 学園に通い出す前から街にはしょっちゅう出たのだから、案内はいくらでもできる。



「イル様は、甘いものと辛いもの、どちらがお好きですか?」


「……どちらかと言えば、甘いものの方が好きだ」



 イルヴィスは少し考える素振りを見せてから、若干照れたように答えた。


 甘いものなら、ケーキなんかを売る店を中心に見てみようか。せっかくだから、王族なら普段食べないような素朴で庶民らしいものがいい。