「……暇だわ」



 アリシアがそう呟いて天井を仰いだ。

 テーブルの上には、始めて早々に諦めたらしい、布をセットした刺繍枠が転がっている。

 刺繍は苦手なようだ。

ピアノやバイオリンなんかも、昔は出来ていたが今はからっきし。自分の主はとことん普通の令嬢らしいことが苦手らしい。ノアは苦笑いしながら思う。



「刺繍がダメなら、編み物に挑戦してみますか?ああ、でも暑いのでレース編みが良いですかね」


「……遠慮しておくわ。上手くできる未来が見えないもの」


「では本でもお読みになります?」


「もう昨日までにさんざん読んだわよ」



 アリシアはテーブルに突っ伏し、足をバタバタと動かした。ノアはその様子に、胸の辺りがキュッと痛む。



 アリシアは今、屋敷で謹慎状態にある。

 数日前、王宮で働くとあるメイドにハーブティーを振舞ったところ、そのメイドは中毒症状を起こして倒れたらしい。何やら毒が盛られていたとのことで、あろうことかアリシアが疑われているというのだ。

 ノアにはどういう経緯でアリシアがそのメイドにハーブティーを淹れることになったのかはわからない。だが、アリシアがそんなことをするはずがない。

 何故あの時自分が付き添っていなかったのか。悔しくて仕方がない。