しばらくの間キョロキョロと左右を見渡していたアリシアの後方から、鈴のように可憐で可愛らしい声が聞こえた。

 振り返ると、右手には水の入った重そうなバケツ、左手には雑巾という見るからに掃除中というスタイルのニーナがいた。


 アリシアは、引きつってしまわないよう力を抜いてから笑みを浮かべた。



「ニーナさん。お掃除中かしら?」


「はい!雑巾がけも冬だと辛いですけど、これだけ暑くなると少しも苦にならないですよね」



 何故か同意を求めてくるニーナ。

 正直に言えば、伯爵家の令嬢として過ごしているだけだと、冬場に雑巾がけをする機会などそうない。アリシアはとりあえず曖昧にうなずいておいた。



「ニーナさん、少しだけ休憩しない?」


「え?」


「他の皆さんには内緒でこっそりと。少しお話しましょう」


「お話、ですか?」



 ニーナは不思議そうに首をかしげたが、すぐにうなずいた。

 これだけ純粋な娘に対して、自分は今まで恐れたり避けようとしたりしていたのだ。そう思うと、申し訳なさにも近い感情が湧いてくる。



「ほら、ちょうどミントティーが残ってるの。イルヴィス殿下に持ってきた物だけど、余っちゃって」



 アリシアがやりたかったこと。それは、ニーナのためにハーブティーを淹れることだった。