アリシアは左手で顔を覆いながら、ゆっくりとニーナへ近づく。

 デュランが防ごうとするが、ニーナはそれをやんわり止めた。あたしは大丈夫です。そんな風に目で伝えている。



『アリシア様……』


『やめて。わたしの名を軽々しく口にしないでちょうだい』


『っ……』


『わたしはね、王妃になんてなりたいと思ったことない。ましてや愛されないとわかっていながら嫁ぐのなんて絶対に嫌だった。
でもね、周囲の重すぎる期待を背負って……逃げ出せるわけないじゃない』


『アリシア様っ!』


『うるさい!』



 いつものアリシアからは想像できないような、ヒステリックな叫び。


 気がつくとアリシアの手は、ニーナの首へとかけられていた。



『せめて、この王宮を好きになろうと頑張ってたのよ。だからそのために、不快なものは目の前から消したいの』


『やめ……て、アリシア様──お願い』



『わたしの精神安定のためにも、いなくなってちょうだい』



 ニーナの声は、既にアリシアには届かない──








「……っ、は」



 目を覚ましたアリシアは、ガバッと上体を起こした。

 そこは、いつもよりいくらか上等で柔らかい、ベッドの上。昨夜は帰れず王宮に泊まっていたのだった。