「アリシア……」



 イルヴィスは名前を呼びながらそっと手を伸ばしてきた。



「貴女がどう思っているか知らないが、私が貴女を婚約者に選んだのは、単に……」



 アリシアが問い返すと、言葉と同時に手の動きも止まった。



(単に……何?)



 嫌な想像ではあるが、『第一王子の婚約者は、悪役令嬢アリシア』という漫画のストーリー通りになるよう、何かしら強制力が働いているとするならば……



(気まぐれ、勘、あたりかしら)



 逆にちゃんとした理由のある答えが返ってくれば、そのような強制力がない可能性も高くなる。

 そうすれば婚約破棄されることもなく、大好きな家族に迷惑や心配をかけることも、きっとなくなる。



 続きを聞きたい。しかし、イルヴィスが軽く息を吐いて手を引っ込めたところを見ると、続きを言うつもりはなさそうだ。


 恐らく尋ねたところで教えてもらえないだろう。



「では、行きますね」


「あ、待て。忘れていた」



 諦めて馬車を降りようとすると、呼び止められた。



「これを貴女に。趣味に合うと良いが」



 そう言って手渡されたのは、綺麗な小箱だった。