恋愛ノスタルジー

『はあーい。じゃあすぐ送ります』

バクバクと、うるさいくらいに心臓が脈打ち始める。

しばらくして着信音が鳴り、私は意を決して番号をタップした。

そんな私の耳に静かで落ち着いた声が聞こえてきた。

『もしもし。お久し振りです。以前うちの榊の自宅でお会いした立花優です』

「……お久し振りです」

動揺する私とは対照的に、立花さんは淡々と続ける。

「榊からの伝言です。……榊が経営している絵画教室があるのですが、モデルがインフルエンザでダウンしてしまいました。つきましてはその代役を峯岸さんにお願いしたいそうです」

……モデル?

凌央さんが絵画スクールを経営しているのは聞いている。

でも今までに絵画スクールでの仕事を頼まれたことなど一度もない。

「あの……私がモデルですか?」

『はい。デッサンモデルです。場所ですが渋谷区神宮町三丁目……』

立花さんの口から出た住所をメモ用紙に書き留めると、私はゆっくりと息を吐き出した。

「午後八時半にロワールビル六階榊アートスタジオ……」

早くしなくちゃ間に合わない。

私はバッグを掴むと玄関へと急いだ。


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凌央さんの自宅から渋谷にあるロワールビルは、一度乗り換えをすると三十分弱で到着することができた。

「お待ちしておりました。そろそろ生徒の皆さんがいらっしゃるので、こちらのお部屋で支度をお願いします」