月と地球と彼女と僕と。

少しの沈黙の後、アサコさんが漸く口を開いた。


「地元企業に就職したんだよね?」


地元企業?


「はい、そうです。地元企業ですけど?」


「ほら、やっぱり卒業したら地元に帰るんでしょ?だから、お別れ。お別れなんだよ……」


アサコさんがまたいつもの不安げな顔に戻ってしまった。これまでならその表情(かお)を見て、僕はどうすればいいのか分からなくなっていた。だけど、今は違う。


さっきまでの僕とは違うんだ。


今の僕はアサコさんを安心させる事が出来る。


だってーーー


「アサコさん、僕、確かに地元企業が就職先ですけど勤務地はこっちですよ。最初からこっちでの募集だったんで。だから実家に帰ることもありません。」


目の前のアサコさんの顔がコロコロと変わる。


こんなアサコさんレアだね。


だから僕もちょっとくらい調子に乗ってもいいよね?


「それでもお別れするの?」


なんだかいつもとは立場が逆転だ。


「しない……、しないよ。………嬉しい。」


やっぱ無理。アサコさんのこんな可愛い姿に僕は引力に導かれどんどんアサコさんとの距離を縮めていく。


もう少しってところで、


「がっつき過ぎ。こんな人通りのある所で。」


調子に乗り過ぎた。確かに遅い時間とは言え駅に向かう人がちらほらと僕達の騒ぎを横目に通り過ぎていく。


「すいませんでしたっ‼」


猛反省して慌てて頭を下げてまた顔を上げると僕の唇にアサコさんの唇が重なった。一瞬過ぎて何が起こったのか分からないくらいの速さで。


「気持ちは私も同じだから……さっ、行くよ。」


「えっ、ええっ、あっ、待って、ください。」


さっさと一人で歩き出すアサコさんに追いつくと思い切って手を取った。


これまで握手はした事あるけど、アサコさんとこうして手を繋ぐのは初めてだ。


「えっと、僕とアサコさんは月と地球のように唯一の存在なので……んっと……軌道から外れないように……とか?」


勢いで手を繋ぎ苦し紛れの言い訳をする僕にアサコさんは


「そう?じゃ、これ以上、離れることもないしこれ以上、くっつくこともないね。」


いたずらっぽく笑いながら繋いだ手をブンブン振るアサコさん。


こんな子供っぽい事もするんだなぁ。