午前中は会議の準備に追われ、遅めのランチを社員食堂で食べた。
ひとりになると、課長の事が脳裏に浮かぶ。
あれって本気だったんだよね…。
何度となく自問自答しながら、箸を進めた。
デスクに戻ると部長に呼ばれた。
急いで部長のデスクに向かうと、
「この書類を社長室に届けて来てくれる?」
分厚い封筒を受け取り、急いで社長室に向かった。
最上階でエレベーターを降りて、社長室のドアをノックしようとした、その時。
ドアは少し開いていて、中から男の人の話し声が聞こえてくる。
「お見合いの話…」
その声は私が聞き慣れた人の声だった。
佐伯課長がお見合い?
思わず2、3歩後ろに後ずさった。
ドアから離れると、話し声は聞こえなくなった。
深呼吸をして、ノックをして、社長室に入った。
ソファーに座る社長の正面には、やはり佐伯課長が座っている。
「書類をお持ちしました」
声が震えないように、急いで社長に書類を渡し、社長室を後にした。
課長の視線を感じたものの、課長を見る事は出来なかった。
社長室を出ると、総務部のフロアのトイレに駆け込んだ。
幸いトイレは無人で、一番奥の個室に入って、ズルズルとしゃがみこんだ。
課長がお見合い?
って事は、あれは私をからかっていたって事?
そっか。そういう事か。
私と課長ではつり合わないよね。
地味な新人OLとイケメン課長…。
そもそも私はもう二度と誰かを好きになったりしないって決めたんだよ。
それなのに、どうして振り回すような事を言ったりするの?
そうだ。私は明確な返事をしていない。
大丈夫。私は大丈夫。
自分に言い聞かせるように、強く心の中で想う。
けれど、私の頬は涙で濡れていた。
何とか崩れた化粧を簡単に直して、デスクに戻った。
今日は定時で帰ろう。
気持ちを奮い起たせて、仕事に集中して、気づけば定時5分前だった。
パソコンの電源を落とし、デスク周りを片付けて、先輩方に挨拶して、フロアを出た。
課長は午後から会議の連続で、まだ当面デスクに戻って来ない。
私は小走りで会社を出た。
両親は仕事で帰りが遅いので、手早くシャワーを浴びて、布団に潜り込んだ。
お腹は減らない。
お茶のペットボトルを握り締め、布団の中で咽び泣いた。
「課長、どうしてあんな事言ったりしたんですか…。私の気持ちを弄んで楽しいですか…」
泣き疲れて、眠りに落ちた。
次の日、腫れた瞼を何とか冷やし、時間がないからと朝ごはんを残して、会社に向かった。
課長を直視する事は出来ないかもしれない。
でも仕事は仕事だ。
お昼は同期の詩織と約束している。
話を聞いてもらおう。
デスクに着いて、予定が書かれたボードを見ると、課長は今日一日横浜に出張となっていた。
何気にスマホを見ると、電源が落ちていた。
昨日の夜から電源はオフのままだった。
電源を入れてしばらくすると、1通のメールを受信した。
課長からだった。
「明日、話がある」
たったそれだけの文面を私はしばらく眺めたままだった。
明日って事は今日の事。
フーッと大きく溜め息をついた。
詩織と待ち合わせた和食のお店に入ると、個室に案内された。
詩織は既にメニューを眺めていた。
「ねぇ、総務部の佐伯課長、結婚の話があるって秘書室で噂になってるんだけど、何か聞いてる?」
私の手から箸が滑り落ちた。
「そ、そうなの?何も知らないんだけど」
店員さんに新しい箸を持って来てもらい、注文したさばの味噌煮をつつく。
昨日の夜から食欲はなく、結局ほとんど手付かずで残してしまった。
そんな私を怪訝そうに見つめるが、詩織は何も言わなかった。
デスクに戻り、パソコンを起動させていると、原田先輩が私の顔を覗き込み、
「顔色悪いけど、大丈夫?」
と手鏡を渡してきた。
「ちょっとお手伝い行ってきます」
トイレの鏡の前に立つ。
そこには青白い顔が写っている。
「はぁ。どうしよう」
午後の仕事は始まったばかり。
しかも佐伯課長に話があると言われている。
肉体的にも精神的にもボロボロの状態だった。
「美咲ちゃん大丈夫じゃないでしょう?今日は早退したほうがいいよ。部長と課長には言っておくから」
「先輩、ありがとうございます。そうします」
原田先輩のお言葉に甘えて、午後は早退した。
布団に潜り込んで、ふと詩織の言葉が脳裏に甦る。
佐伯課長に結婚の話…。
社長室で聞いたお見合いという言葉…。
まるでジグソーパズルのピースがぴったり合うような感覚になる。
「おめでたい話だよ」
ひとり呟く。
「なのに、どうして私はこんなに体調を崩してるの?」
私の頬に涙が止めどなく流れ落ちる。
「何で泣いてるの?」
胸が痛い。
認めたくなかった。
佐伯課長を好きだなんて。
今さらどうしようもない。
課長はお見合いして結婚するのだから。
私のスマホがメールを受信した。
佐伯課長からだった。
「体調は大丈夫か?病院で診てもらったほうがいい。もしご両親がいらっしゃらないなら、一緒に付き添うよ」
どうしてこんな優しいメールを送ってくるの?
部下が体調不良だから上司としてって事?
それにしても、こんなメール勘違いしてしまうよ。
まるで私の事を大切にしてくれているようなメール。
「大丈夫です。治りましたので、明日は通常通り出勤します。ご心配おかけして申し訳ありません。ありがとうございます」
そう返信すると、すぐに「了解」とメールが届いた。
私はベッドから起き上がり、冷蔵庫に入れていた晩ごはんを温め、何とか食べきった。
部屋に戻り、顔にパックして、早めに就寝した。
翌朝、すっきりとした目覚めで鏡を見ると、随分顔色は良くなっていた。
きっと今日課長から話を切り出される。
私への告白は気の迷いで、お見合いして結婚するという事を。
私は笑って受け止めよう。
そして課長をお祝いしてあげよう。
私の課長への気持ちは、蓋をして隠したままでいい。
課長に伝えたところで、課長を困らせる事になるのだから。
好きな人には幸せでいてほしい。
笑っていてほしい。
たとえ、それが私の側でなくても。
ひとりになると、課長の事が脳裏に浮かぶ。
あれって本気だったんだよね…。
何度となく自問自答しながら、箸を進めた。
デスクに戻ると部長に呼ばれた。
急いで部長のデスクに向かうと、
「この書類を社長室に届けて来てくれる?」
分厚い封筒を受け取り、急いで社長室に向かった。
最上階でエレベーターを降りて、社長室のドアをノックしようとした、その時。
ドアは少し開いていて、中から男の人の話し声が聞こえてくる。
「お見合いの話…」
その声は私が聞き慣れた人の声だった。
佐伯課長がお見合い?
思わず2、3歩後ろに後ずさった。
ドアから離れると、話し声は聞こえなくなった。
深呼吸をして、ノックをして、社長室に入った。
ソファーに座る社長の正面には、やはり佐伯課長が座っている。
「書類をお持ちしました」
声が震えないように、急いで社長に書類を渡し、社長室を後にした。
課長の視線を感じたものの、課長を見る事は出来なかった。
社長室を出ると、総務部のフロアのトイレに駆け込んだ。
幸いトイレは無人で、一番奥の個室に入って、ズルズルとしゃがみこんだ。
課長がお見合い?
って事は、あれは私をからかっていたって事?
そっか。そういう事か。
私と課長ではつり合わないよね。
地味な新人OLとイケメン課長…。
そもそも私はもう二度と誰かを好きになったりしないって決めたんだよ。
それなのに、どうして振り回すような事を言ったりするの?
そうだ。私は明確な返事をしていない。
大丈夫。私は大丈夫。
自分に言い聞かせるように、強く心の中で想う。
けれど、私の頬は涙で濡れていた。
何とか崩れた化粧を簡単に直して、デスクに戻った。
今日は定時で帰ろう。
気持ちを奮い起たせて、仕事に集中して、気づけば定時5分前だった。
パソコンの電源を落とし、デスク周りを片付けて、先輩方に挨拶して、フロアを出た。
課長は午後から会議の連続で、まだ当面デスクに戻って来ない。
私は小走りで会社を出た。
両親は仕事で帰りが遅いので、手早くシャワーを浴びて、布団に潜り込んだ。
お腹は減らない。
お茶のペットボトルを握り締め、布団の中で咽び泣いた。
「課長、どうしてあんな事言ったりしたんですか…。私の気持ちを弄んで楽しいですか…」
泣き疲れて、眠りに落ちた。
次の日、腫れた瞼を何とか冷やし、時間がないからと朝ごはんを残して、会社に向かった。
課長を直視する事は出来ないかもしれない。
でも仕事は仕事だ。
お昼は同期の詩織と約束している。
話を聞いてもらおう。
デスクに着いて、予定が書かれたボードを見ると、課長は今日一日横浜に出張となっていた。
何気にスマホを見ると、電源が落ちていた。
昨日の夜から電源はオフのままだった。
電源を入れてしばらくすると、1通のメールを受信した。
課長からだった。
「明日、話がある」
たったそれだけの文面を私はしばらく眺めたままだった。
明日って事は今日の事。
フーッと大きく溜め息をついた。
詩織と待ち合わせた和食のお店に入ると、個室に案内された。
詩織は既にメニューを眺めていた。
「ねぇ、総務部の佐伯課長、結婚の話があるって秘書室で噂になってるんだけど、何か聞いてる?」
私の手から箸が滑り落ちた。
「そ、そうなの?何も知らないんだけど」
店員さんに新しい箸を持って来てもらい、注文したさばの味噌煮をつつく。
昨日の夜から食欲はなく、結局ほとんど手付かずで残してしまった。
そんな私を怪訝そうに見つめるが、詩織は何も言わなかった。
デスクに戻り、パソコンを起動させていると、原田先輩が私の顔を覗き込み、
「顔色悪いけど、大丈夫?」
と手鏡を渡してきた。
「ちょっとお手伝い行ってきます」
トイレの鏡の前に立つ。
そこには青白い顔が写っている。
「はぁ。どうしよう」
午後の仕事は始まったばかり。
しかも佐伯課長に話があると言われている。
肉体的にも精神的にもボロボロの状態だった。
「美咲ちゃん大丈夫じゃないでしょう?今日は早退したほうがいいよ。部長と課長には言っておくから」
「先輩、ありがとうございます。そうします」
原田先輩のお言葉に甘えて、午後は早退した。
布団に潜り込んで、ふと詩織の言葉が脳裏に甦る。
佐伯課長に結婚の話…。
社長室で聞いたお見合いという言葉…。
まるでジグソーパズルのピースがぴったり合うような感覚になる。
「おめでたい話だよ」
ひとり呟く。
「なのに、どうして私はこんなに体調を崩してるの?」
私の頬に涙が止めどなく流れ落ちる。
「何で泣いてるの?」
胸が痛い。
認めたくなかった。
佐伯課長を好きだなんて。
今さらどうしようもない。
課長はお見合いして結婚するのだから。
私のスマホがメールを受信した。
佐伯課長からだった。
「体調は大丈夫か?病院で診てもらったほうがいい。もしご両親がいらっしゃらないなら、一緒に付き添うよ」
どうしてこんな優しいメールを送ってくるの?
部下が体調不良だから上司としてって事?
それにしても、こんなメール勘違いしてしまうよ。
まるで私の事を大切にしてくれているようなメール。
「大丈夫です。治りましたので、明日は通常通り出勤します。ご心配おかけして申し訳ありません。ありがとうございます」
そう返信すると、すぐに「了解」とメールが届いた。
私はベッドから起き上がり、冷蔵庫に入れていた晩ごはんを温め、何とか食べきった。
部屋に戻り、顔にパックして、早めに就寝した。
翌朝、すっきりとした目覚めで鏡を見ると、随分顔色は良くなっていた。
きっと今日課長から話を切り出される。
私への告白は気の迷いで、お見合いして結婚するという事を。
私は笑って受け止めよう。
そして課長をお祝いしてあげよう。
私の課長への気持ちは、蓋をして隠したままでいい。
課長に伝えたところで、課長を困らせる事になるのだから。
好きな人には幸せでいてほしい。
笑っていてほしい。
たとえ、それが私の側でなくても。

