魔王と王女の物語 【短編集】

火を囲み、日々得た食料を調理して食べ、近くに村や街がない場合は野宿する。

王女だったラスにはつらい旅となるはずだったが、城から一歩も出たことのなかったラスにとって旅とは最高の贈り物となった。

…旅の理由さえ違えばきっともっと楽しいものになるはずだったけれど。


「その街にはほんとに誰も居ないの?」


「うん、実は奥深くまでは魔物の数が多すぎてたどり着けてないんだけど、あの様子だと多分…」


よほど陰惨な光景だったのか表情が曇るリロイの手をラスが握る。

聞こえるように舌打ちした心の狭い魔王は、枯れ枝を火に焼べながらにたりと笑った。


「手加減しなくていいんなら簡単ってもんだ。で?ボスは見たのか?」


「いや、見てない。どんな魔物が首謀者なのかわからないままなんだ。知能があるのは確かだと思うけど」


「知能があってもちっぽけなもんだろ。最近身体動かしてなかったからなー、楽しみだなー」


無邪気に喜ぶコハクだったが、殲滅はもちろんのこと、密かにとある計画も企てていた。

その企みが顔に出たのか、リロイがコハクに向かって小枝を投げる。


「お前何か企んでるんじゃないだろうな」


「うっせえガキが。俺の高尚な計画はお前のちんけな脳みそには理解できねえよ」


「コー、悪いこと考えてる?」


「いいや?チビ、魔物なんかすぐぶっ倒して勇者たる力を見せつけてやるからな!」


「勇者っていうかお前はどこからどう見ても魔王にしか見えない」


いちいちツッコミを入れてくるのも懐かしい。
今となってはコハクに意見や歯向かう者は少なく、大人しくしているのはラスがいいようにコハクをおだてたり操っているからだ。


「お、眠たくなったか。チビこっち来い」


ラスが目を擦りながらコハクの隣に座るともたれかかってすぐ寝息を立てる。

リロイとコハクは一様に目尻を下げて笑み、守りたくて仕方なかった存在を見つめた。


「お前はオレを刺した時の記憶あんのか?」


「…そんな昔の話はもういいだろ」


「ふざけんなよそのせいでオレは長いことチビと会えなかったんだからな。ハッピーエンドが遠のいたんだ」


その時ばかりはコハクの真っ赤な瞳が邪悪に光る。

憎しみに支配されてコハクに手をかけたあの時ーー


リロイは静かに目を伏せて、口を開いた。