魔王と王女の物語 【短編集】

入り江に近付く度に耳鳴りが強くなる。

とても美しい歌声なのに長く聴いていると頭がぽうっとしてしまい、ラスの異変に気付いたコハクは、さりげなく頭をぽんと叩いて小さな結界を張った。


「あれ?」


「どした?」


「ちょっと耳鳴りがしてたんだけど良くなったかも。コーの魔法?」


「んや?チビ、見えて来た」


入り江の小さな岩礁に腰掛けているのはあのオレンジの髪の人魚だ。


目は闇夜に青白く光り、魔性な生き物だと分かっていても近寄りたいと思わせるその魅力。

だが気が遠くなる年月を生きて来たコハクにそれは通じず、警戒することなく人魚に話しかけた。


「よう、王子様に会って来たぜ」


「!あの人は…ここに来る…?」


「森の方に行ったからどうかな。で?ここで会う約束でもしてんのか?」


「…いいえ」


悲しそうに目を伏せた人魚が可哀想で、ラスは裾を持って浅瀬に入ると、膝の上で握りしめている手を撫でた。


「会いたい?」


「私は魔物…あの人は人間…許されないわ」


「許されないって誰が決めたの?人魚さんが王子様に会いたいのなら会わなくちゃ。あの人もきっとそう思ってるよ。ね、コー」


コハクは遠くから近付いてきくる二組の足音に気付いたがそれを告げず、ラスが転ばないように肩を抱いてにやりと笑った。


人魚の間でも魔王の噂はよく話されていたがーー目の前の男は近づき過ぎると危ない雰囲気はあれど害はなさそうだ。

しきりにラスの気を引こうと奮闘している姿は逆に微笑ましく、人魚はラスの手を握って打ち明けた。


「時々会いに来てくれるの。今夜はどうかしら…」


「私が呼んで来て…」


「あなたたちは何をしてるんですか!」


危機感に溢れた声。

その持ち主ーーディノが人魚の前に庇うように立ち塞がった。


ラスが嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。