魔王と王女の物語 【短編集】

人魚のオレンジ色の瞳にコハクの魔力漲る姿が映る。

すこし襟足の長い黒髪、珍しい真っ赤な瞳、魔性を秘めた美貌ーーそれが何者なのか、人魚は知っていた。


「まさか…魔王…!」


「おー、ご名答!そうです、オレが魔王です!」


茶化すコハクに対して人魚は桜色の唇を震わせながら後退する。
気が強い人魚にしては搔き消えそうな儚さの可愛らしい顔は恐怖に彩られ、それを見たラスはコハクの前に出て手を広げた。


「人魚さん、この人は悪さなんかしないから安心して。魔王って言われてたのは昔のことなの。ね、お願い。怖がらないで」


ーー庇われたコハクがラスの背後で嬉しそうにはにかんだのをリロイは見逃さなかった。

常に高圧的で口を開けば嫌味かラスへのべたべたな愛情しか語らない男だが…


「お、おう、まあ魔王っつーのはニックネームだ。悪さなんかしねえよ、なんでこんなとこに人魚が居るのか知りたいだけ!な、チビ」


「うん。誰かを待ってるの?お友達?」


「…」


また城を仰ぎ見る。

そこに待ち人が居るのか頑なに話すのを拒んでいたが、同じ女のラスなら分かってくれるかもしれないーー一縷の望みをかけて、ゆっくり口を開いた。


「実は私…人間に捕まったの」


「え…」


「仕掛けられた網にかかって苦しくてもがいていたら…王子様が助けてくれたわ」


王子ーー確かにあれは城だが小国と呼べる規模でもなくここら一帯を仕切る地主という感じだが、コハクは相槌をうって先を促した。


「で、惚れたのか」


「…私たちとは違う種族だわ。でも彼…私を殺さなかった。“きれいな声だね”って言ってくれて…」


「わあ、素敵っ」


「それから人目を忍んで会っているわ。今夜も来てくれるはず…」


恋に落ちた人魚と人ーー

その結末は、大体決まっている。


「へえ、じゃあその王子様とやらを拝みに行くか」


魔王、ワクワクしながら人魚ににっこり笑いかけた。