魔王と王女の物語 【短編集】

コハクと最後の戦いに臨んだ時ーーこの男が剣を下ろして命を投げ出そうとした時のことを思い返した。
コハクは言った。

“ラスが悲しむから”

ラスを愛しているという想いに対しては当時負けない程想っていたつもりだったが、想い合ったふたりの前に一体何ができただろうか?


「…お前を倒すのを諦めて城を出る前に一目ラスに会いたいと思って会いに行ったんだ。そしたら…ラスが裸で眠ってて…」


「まあそうなるよな」


「僕は目の前が真っ暗になって…立ち眩みがして…意識がなくなった」


魔法剣に意識を奪われ、魔王を呪う感情が噴き出したリロイは、バルコニーに居たコハク目掛けて足音を立てず近寄る。


完全に油断しているのがわかった。

気配を消したとしても気づくはずの魔王は余韻に浸っていたのかーー振り向きもしなかった。


「で、オレを背中から刺しやがったわけだな」


「そうだ。お前だけは殺さなければという感情に僕は支配されていた」


ーーあの時魔王を仕留めていたら…ラスは自分のものになっただろうか?


いや、結果意識を取り戻したリロイの前に…血の海の中に倒れたはずのコハクは搔き消えるように姿を消し、数年後復活したのだ。


神の奇跡を得て。


「オレを消さなくて残念だったなあ?チビがもっと可愛くなってくのをてめえは指をくわえて見てたんだろ?」


「…」


「毎日オレを想って嘆くチビを見てたんだろ?何年も何年も。オレがお前の立場だったら気が狂うだろうな」


「…許してくれとは言わない。お前は世界の破滅を願う魔王だったんだ。お前がお前自身を消すために世界の終末を願うその理不尽さを僕は…世界が許すわけにはいかなかった」


言い訳を重ねれば重ねるほどリロイの表情が歪む。


「世界の破滅、ね」


願い続けた世界の破滅。
永遠の命を吹き消すためにそれを願った長い年月。


もし…
もし今もそれを願っていると口にしたら、この男はなんと言うだろう?