昨日のあの人は本当に、大丈夫だったのだろうか。
未だに心配になる。
あの人は、気づくべきことに気づいていない。
『大丈夫ですよ。何処も怪我なんてしてませんから』
何やらそんなことを言っていたが、そんなはずはまるでなかった。
俺は確かにこの目で見た。
あれが怪我でない、と言うはずはない。
なるほど、この人は今の状況を何一つ覚っていない、それがよくわかった。
その証拠にあの人は今、よく目立っている。
俺はあの女子生徒を此の方、見たことはなかった。
失礼なはなし、俺はあの人の存在を一切知ってはいなかった。
きっと俺にとっては、学校内の生徒Aでしかなかったのだ。
が、廊下でよく見かける様になってしまった。
すれ違う時の罪悪感は、尋常ではない。
なぜなら。
眉間辺りが、見事な程に腫れ上がっている。
例えるのであれば、まるで深海魚の様だった。
一応女子であるあの人に、この俺がなんて事をしてしまったのだろう。
一体どの様にして詫びれば許してもらえるのだろうか。
昨日彼女は、大丈夫だ、とは言ってくれたものの、内心ではきっと俺のことを間違いなく、恨んでいるはずだ。
嗚呼、恐い。
もっと謝っておけばよかった、とたった今後悔している。
よく目につくようにはなったが、声をかける勇気もない。
毎回すれ違う度、俺は気づいている。
いやでもあのおでこは、見過ごすことなど出来るはずはない。
しかし、彼女は俺には一切気づいてはいない。
そりゃ、男は基本、坊主頭をしている。
以前の俺だって、一つひとつ女子の顔なんて覚えてはいない。
そもそも見たことなんて、一度もない。
それと、同じだ。
ただでさえ俺の周りは、坊主の集まりだ。
別に、修行をしている奴らというわけではない。
野球部の特徴で皆、頭はすっきりしているのだ。
こう言って、言い訳をすれば許してもらえるわけなど、当然ない。
嗚呼、目の前を、また深海魚が通過して行く。
Scene 1 歩く深海魚