『それなら、貴女もマネージャー、してみたらどうです?』
『いえいえ。大変嬉しいお誘いではありますが…私、あいにく吹奏楽部なもので』
すると彼女は、可笑しなものを見る様な表情でした。
『うちに吹奏楽部なんて、在りましたっけ?』
なんて強い方なのでしょう。
なんて酷い方なのでしょう。
真顔で言われてしまいました。
よく見れば、私が彼女を敵視するように、彼女も私のことをあまり良くは思ってはいないでしょう。
彼女と相反している私は、すぐにでもこの場を逃げ出したくなりました。
しかし、自分から荷物運びに踊り出たのです。
とりあえず、勝手に手を出した責任をもって、最後まで全ての荷物を運び届けたのでした。
その後はというと、お互い一言も交わさずに、そのまま別れたのです。
彼女が私の恋敵である、ということの他にわかったことが、もう一つありました。
きっと私は彼女が苦手なのです。
人とお喋りをする時に、こんなにも息苦しくなるのは、初めてでした。
それどころか、人が恐い、とも少し思えてしまいました。
しかし、こんなところで怖じけづく様な私ではありません。
言われっぱなしのままでは、あまりにも悔しくて堪りませんでしたから。
私は、まるで犬の様に唸っておりました。
昼までの授業に終わりを告げるチャイムが、私をやっと人間に戻してくれたのです。
こんな気分の時は、相棒と共に思いっ切り暴れるに限ります。
教室で弁当を食べる、というより弁当は流し込む様にして、箱の中身を片付けます。
そして、隣の棟の最上階に在る、音楽室まで駆け抜けるのです。
「こら!萩原ぁ、ろう下は走るな!!いっつも言ってるだろ!!」
そう、これは私の日々の日課の一つ、昼の休みにする練習、略して昼練といいます。
先生が叫びながら注意する声が聞こえますが、一切気にいたしません。
この角を曲がると、渡り廊下です。
少し大回り気味に、加速をつけました。
その時でした。
「きゃっ!」
私は反射的に、素っ頓狂な声を上げておりました。
しかし、大したこともなく、尻餅をつき、ただお尻が痛かった、という程度でしょうか。
「す、すいません…」
すると間もなく、声が上から降ってきたので見上げると、そこには憧れの江波くんが、こちらに手を差し延べてらっしゃったのです。
相変わらず、唇を噛み締めてみえました。