時は戻り、丁度あの日のことだ。
始業式が終わり、俺は教室で帰宅の準備をしていた。
「江波、悪い!今日は彼女と帰る約束してるから、先行くわ。また車校でな!」
「おう、またな」
チーム内でも数少ない、彼女持ちの友人にそう声をかけられる。
そいつはそう言った後、教室の出入り口の前で待っていた女生徒の元へ、笑顔で駆け寄っていく。
幸福そうなことで、何よりだ。
少しそいつを目で追った後、机の上に在る筆箱に手を伸ばす。
手を伸ばした先に、幾人かの気配が、俺の前に迫っているのがわかった。
顔を徐々に上げていくと、よく知るチームメイト兼友人らの姿があった。
「あ。あいつは、彼女と帰るって…」
「あっそ。江波は?」
「俺?俺はもう帰れる。待たせて悪かったな」
毒の舌を持つことでお馴染の奴が「違うって。で、江波は?」と繰り返し言う。
そして、じわじわと俺に詰め寄ってきた。
すると、他のもう一人が口を開く。
「大丈夫かよ」
「な、何がだよ…」
「傍から見てると、お前、深海魚に首ったけだったじゃねえか」
「なっ、何言って…!」
「いつも、まるわかりだったよ?」
意地悪く笑いながら、そのようなことを言う。
そこで俺は初めて、今まで自覚無しに恥ずかしい姿を曝していたことを知った。
思わず、顔が一度に熱くなる。
しばらく俺は、片手で顔を覆っていた。
その時、友人の1人が冷静にこう言う。
「どうすんだよ。もう深海魚と会えんのは、卒業式だけだぞ」
確かにその通りだ。
しかし、俺が言いたいのは、だからどうしたら良いのか。
それが俺には、わからない。
俺は、黙りこくっていた。



