そんな時、さらに事件が起きた。

秘書課で社内男子からの人気No.1と言われる女子が由樹にふられた腹いせに、由樹の後輩を盾てにし、由樹を書庫に呼び出した。

再度、由樹に交際を迫ったが、由樹が断ると彼女は逆上し、カッターナイフを振り回した。

由樹は後輩を何とか助けたが、助けた拍子に左手の甲に傷を負い、今でも指の痺れなどの後遺症で治療を受けている。

事件に巻き込まれた後輩は事件の恐怖から心身衰弱で退職し、数年間入院し今も通院治療中と聞く。

「弟は聴唖障害で、耳は聞こえますが喋れないので、受賞式は欠席させていただきます」

私が咄嗟についた嘘は、勝手に万萬詩悠像を作り、そのミステリアスさと作品の持つ叙情的な雰囲気で話題になり、芥良山賞候補にもなった。

だが心身の傷が癒えていなかった由樹は賞を辞退し、リハビリを続けながら仕事も完璧にこなした。