常務秘書が会長代行に、書類を預けにきたのは、わたしが常務室に書類を返しに行った1週間後だった。

常務なりに色々と考えあぐね、知恵を絞り、情報を精査し、専門家の知識や意見も取り入れての再提出だったに違いない。

にも拘らず、会長代行は決裁印を押さなかった。

「詰めが甘いというか、これでは整備する意味がない。たかが、10年20年の耐久性で整備しても、地球温暖化の進行を加味しない、耐震基準ギリギリの見積りでは、想定外の事態には備えられないと思いませんか?」

会長代行は書類を閉じ、付箋に提案事項を箇条書きしながら、淡々と伝えた。

「専門の知識だけを集めた机上の策は、通用しません。20数年前の関西大震災のような事態は、2度とあってはならないでしょう? その辺りを頭に入れ、じっくり現場と1から練り上げて再度検討していだきたい」

常務秘書が「私はただ書類を預けにきただけです」と言いたげに、生返事を繰り返している。