それなりに進学してそれなりに資格を取る。大きな目標もないまま毎日を過ごしていた。

アパートの近くに新しいケーキ屋さんが出来て、そこでバイトを始めた。
買いに来るのはやっぱり女性が多くて、同じく接客業をしてる友達が嘆くような変なお客様もいない、平和な仕事だった。

私が3年生になる直前の春休みに、その子はやってきた。
まだ少年とも言えそうな彼は、こういうお店に慣れていないのか目に見えるほどに汗を浮かべ、ショーケースの端から端まで歩いていた。
ずっと往復してるから、つい「お土産用ですか」と声をかけてしまった。とたん、バッと顔を上げ、真っ赤になる。
そうなんです、と小さな声で呟くから、もしかして彼女のおうちに訪問かな、と考えた。

「あのー・・おか・・親にちょっと」

お母さんかあ。
誕生日ですかと聞くと、今度は首を横に振った。

「俺、進学でこっち引っ越してきたんです。とりあえず荷物も運んで、明日帰るって言うから・・まあお礼っていうか」
「・・・素敵ですね」

理由を聞いたあと、自然とそう呟いてしまった。
新生活が始まってまず自分が不安になる頃だというのにお母さんに気を使えるなんて、素晴らしい子だと思ったから。

私がほう、と感嘆の息を漏らすと、彼はまた慌てふためいて
「別にマザコンとかじゃないんですよ!受験でも夜食とか世話になったし合格ん時も俺より喜んでくれたしそれで」
と身ぶり手ぶりで表す。今の仕草、おうどん作ってもらったんだろうなあ。

「お母様、フルーツはお好きですか?今旬のイチゴを使ったタルトが一番人気ですよ」

なんだか可愛らしい人だなと、こっちまでほっこりしながら、一緒に選んでいく。
結果、悩んだ末に3つのケーキを買ってくれた。決めかねていたといえ、私の意見を全部取り入れてくれて嬉しくなる。

「アドバイスくれてありがとうございました!」
「いいえ。お母様、きっと喜んでくれますよ」

すっかりご機嫌な笑顔で出て行く後姿に、こっそり尻尾をつけてみた。うん、とってもよく似合う。
こうやってお客様が喜んで帰ってくれるのは、私としても働き甲斐を感じる、素敵な瞬間だった。