私のちいさな不安は皆無だったらしく、小さな声で、「これ、かーさんに・・」と上ずった声が聞こえる。

「いつも美味しいご飯作ってくれてありがとう。ささやかなお礼でごめんね」
「・・めっちゃくちゃ嬉しいです」

はあ、と感極まった息を吐いて、ヒロトくんが私を見つめる。
つられるように頭を撫でて、そのまま抱きしめた。
キャンドルの火が消える間での数分、私は何でもできる気がして、自然と額に唇を当てていた。

一瞬ビクッと身を震わせたヒロトくんも、腕を回してくれる。
静かな空間の中、お互いに目を閉じていても場所がわかるように、あちこちに唇を寄せた。

飼い主のそれを受ける犬のように、ヒロトくんはじっとしている。もっと引き寄せて髪を梳き、頭を撫でる。
やがて火が消え、暗闇に包まれた一瞬のうちに、唇を重ねた。
ほんの、という言葉がピッタリなほど、瞬間的に。

わたしから盗んだ唇は、まだケーキを食べてないのに甘い・・
なんて浸ってる場合じゃない。
何してんだろう、私!

人生で、自分からキスなんて初めてだ。
しかも、しようと思ったわけじゃなくて、流れのまま自然に重ねてしまった。

ヒロトくんも、暗がりの中まだ黙ったままでいる。だけど、いつの間にか繋いでいた手は離れなかった。
体温が鼓動の代わりに、やけに熱く感じる。それが逆に心地よくて、許されるなら目を閉じてしまいたかった。