ため息をついた私に気付いたのか、陽介先輩は後ろから真っ白の紙をのぞき込んだ。
「なに、まだ悩んでんの?いっつもそうだったよなあ。」
からからと笑う先輩を見て、私はふと思う。
「いつも、って…。」
「1年のときも2年のときも。いっつも真っ直ぐ書いてるのに、自由課題だけは悩んで筆が動かない。そうだったろ?」
どこか得意気に、陽介先輩が私を見る。
…そんな。
そんな、期待させるような事、言わないでよ。
「…分かんなくて。何を書いたら良いのか。いっつも、自由にして良いよって言われると、戸惑っちゃって。」
思わず漏れた本音に恥ずかしくなってとっさに陽介先輩の顔を見ると、彼は不思議そうな顔をしている。
「胡依の字は、胡依以上におしゃべりなのにな。」
「え…?」
思いがけない先輩の言葉に、私は目をぱちぱちさせた。
私が陽介先輩を見返すと、彼は照れくさそうにして作品が貼られている掲示板をぐるりと眺めた。
「俺、胡依の字からは、なんとなく胡依が作品を書いたときの感情が読み取れる気がすんだ。あの時は何か嫌なことがあったのかなーとか、あの時はいい事あったのかなーとか。…あと、あれ。」
私の作品をいくつか見渡したあと、陽介先輩の視線が一つの作品に定まった。
その作品は、式子内親王の歌を書いたものだった。
小筆で書いた仮名の作品。
「玉の緒よ…?」
私が初句を読むと、先輩は私を真っ直ぐ見つめてきた。
それだけのことで、私の胸はいとも簡単に早鐘を打つ。
「あんなふうに、想ってる奴がいるのかなって。」
「え…」
玉の緒よ たえなばたえね 長らへば
しのぶることの 弱りもぞする 。
玉のような命よ、絶えるなら絶えてしまえ。
これ以上生き延びると、我慢する気持ちが弱ってしまいそうだから。
恋の気持ちを歌ったうただ。

