「うっす。」

座っていた私の頭上に降り注いだ声に、私は弾かれたように顔を上げた。




「陽介先輩、また来たんですかー?」

私ではなく、隣に座っていた同級生が笑いながら先輩に話し掛ける。



「またってなんだよ、ありがたく思えよな。」

いつものように笑いながら、ちらりと私を一瞥したあと、陽介先輩は中に入っていった。



…見て欲しい。
見て欲しくない。

わかって欲しい。
わかって欲しくない。


そんな思いがごちゃまぜになって、私はスカートの裾を祈るように握り締める。



一筆に込めた想いは、届くだろうか。
届かなくても、良いかなあ。
せめて、伝えられれば良い。

私は、生まれて初めて、祈るような気持ちで筆を握った。
紙が汗で湿気てしまうほど、緊張した。


生まれて初めて、墨に、筆に、文字に、あんなに想いを込めた。


それで、良い。


結果がどうであれ、あの作品は私にとっては、大切な大切な想いの結晶なのだ。








「胡依。」

永遠だと思われる時間を切り裂くように、再び頭上から声が降ってきた。
顔を、上げられない。


そんな私に、彼は黙ったまま紙を差し出した。



「え、」

「中見て。」


思わず顔を上げると、気難しい表情のまま、陽介先輩がそう言う。


紙を開く手が、小刻みに震える。
どきどきして、苦しくて、どうにかなってしまいそうだ。




かさり、と、音を立てて、和紙が開かれる。
そこには、相変わらずの綺麗な字が並んでいた。
そこに、「俺も貴方が好きです。」の文字。




途端、みるみるうちに文字と綺麗な和紙がぼやけて、大好きな人の顔もぼやけて、想いの込められた先輩からの和紙に、ぽたりと雫が落ちて滲んだ…―――。










end.