松島さんはなにも言わずに、そばにいてくれた。その気遣いを、とても嬉しく思う。
十分くらい経っただろうか。松島さんがふと公園の入り口に目を向けた。

「あ、来た。思ったより早かったな」
彼につられて、私もそちらを向く。公園にかけこんでくる男性らしき人の影。
「えっ」
その正体に気がついた私は、慌てて松島さんの顔を見る。
松島さんは両手をあげて、軽く肩をすくめた。

「やっぱり、いまそばにいるべきは俺じゃないと思ってさ。勝手なことしてごめんね」
その表情から察するに、私と光一さんの間になにかあることも彼は勘づいていたようだ。それでも松島さんは光一さんに連絡すべきだと判断したのだろう。

その判断は、きっと正しい。普通の夫婦の間ならば。でも……私たちの場合は、どうなのだろう。

光一さんが私たちの方へ近づいてくる。
「悪かったな、松島。迷惑かけた」
「いや、全然。仕事帰りに偶然、白川さんを見かけて声かけたんだ」
光一さんは松島さんのその台詞に対し、不審そうに顔をしかめた。けれど、それを言葉にはしなかった。

「ほんと助かったよ。ただ、この後はちょっと、華とふたりで話がしたいから」
笑顔を浮かべてはいるものの、有無を言わせない口ぶりだった。光一さんのそんな態度に、松島さんは少し驚いたようだったけれど、彼はいつも通り穏やかな姿勢を崩さない。
「あぁ、そうだよな。じゃあ俺は帰るわ。ふたりとも十分気をつけてな」

松島さんの姿が見えなくなってから、光一さんは私に向き合った。
私たちの間に、凍りつくような冷たい空気が流れる。彼も、そして、多分私も、能面のように表情を失くしていた。