人気のない夜のオフィス街を、私はとぼとぼと歩いていた。等間隔に白い光を発する街灯が並んでいるのに、ゴールのない暗闇を延々と歩き続けているような気分だった。

悠里に泣きつきたいけれど、赤ちゃんのいる家庭にこんな時間に突撃するわけにはいかない。ならば、実家とも思ったけれど、実家は埼玉の奥地で、明日の出社が困難になる。
こんなときでも『会社を休みます』と言えない自分の小心さが恨めしい。

(しかも、なんとなくきちゃったのが会社の近くなんてね)

どこへ行けばいいのかわからず、考える気力すらわかず、結局Uターンして会社近くまで戻ってきてしまったのだ。
それでも、慣れ親しんだ場所というだけで、どこか安心できた。

(あの人、光一って呼び捨てにしてた。まだ若そうな女の人の声。それに、赤ちゃん)

赤ちゃんは悠里の娘と同じ年頃だろうか。そんな小さな子がいる女性と光一さんがなんで一緒にいるんだろうか。しかも、その子を抱っこするような仲なのか。

(もしかして、光一さんの子ども……なんてこと)

最悪の想像をしてしまって、私はぶんぶんと首を大きく振った。
それでも、思考は悪いほう、悪いほうへと向かっていく。

(光一さん、もしかしたらあの人と結婚したかったのかな。それがかなわなくて、だから私と仮面夫婦……とか)

悲しいことに、辻褄があってしまっている気がする。

(あの張り紙はさっきの女の人が?それとも別の人?)

ふらふらと歩き続けながら、考えても、考えても、結論は出ない。心も体もすっかり疲れきってしまった。

(光一さんを信じたいよ。でも、私はもともと愛されて結婚したわけじゃない……自信がない)

ものすごく悲しい気分なのに、涙は一滴も出やしない。