「そっか、なら、よかった。ところで……」
「なに?」
「その……手を放してもらえると……」
「なんで?まだ急ぐ時間でもないし、いいじゃん」
寝起きとは思えないほどの美しい笑顔を向けられて私は思わずひるんでしまう。
だって、自慢じゃないけど、私の寝起き顔はけっこうひどい。
(よだれ跡とか、ついてないよね)
あわてて顔をこすってみたりと、挙動不審な私に、光一さんが優しげな眼差しを向ける。
彼はゆっくりと上半身を起こすと、私を背中からぎゅっと抱きしめた。

「人と寝るの嫌いだったんだけど、華の体温は気持ちいいな」
「あの、これって……やっぱり」
「うん?夢じゃないよ」
とろけるような甘い笑み。これって、やっぱり、どう考えても……。
「ブラック光一さんの陰謀、だよね」
「は?」
「甘い顔を見せまくって、私が陥落したところで、手のひら返してブラック光一さんに変身するんでしょ。それで、絶望した私を……」

光一さんは私の頬に手を添えて、自分のほうを向かせる。
「な、なに?」
戸惑う私を見て、おかしそうに目を細める。
「それも悪くないな。絶望する華を見てみたい気もする。けど、それよりも……まずは陥落したところが見たい」
彼の柔らかな唇が、私の口をふさぐ。
「んんっ」
私の唇から甘い吐息が漏れる。
「あぁ、いいね。そういう顔」
とろけるような笑みを添えて、彼は言った。

そのとき、幸か不幸か、光一さんのスマホから着信を知らせるメロディーが流れた。
「……朝っぱらから誰だよ。邪魔だな」
光一さんはそうつぶやいたけど、私はほっとする気持ちのほうが大きかったかもしれない。
(この甘い空気、嬉しいんだけど……急展開すぎて、気持ちが追いつかないんだもん)

スマホ画面をみた光一さんは、かすかに顔を曇らせた。
「なにか仕事のトラブルとか?」
「うん……まぁ、そんなとこ」
あいまいにごまかされた。と言えば、そうなのだけど、私は特に彼の言葉を疑ったりはしなかった。
仕事の電話が多いのはいつものことだし、あの夜の電話の相手のことなんて、もはやすっかり頭から消えてしまっていたから。