光一さんはふぅと面倒くさそうに、ため息をついた。妻から離婚を切りだされたという状況に対する焦りや戸惑いはみじんも感じられない。

「離婚ねぇ……はっきり言って、世間体のために結婚したようなものなのに、一年もたたないちに離婚じゃ余計に世間体が悪くなるなぁ」
私は思わずむっとして、言い返す。
「光一さんの世間体のために、自分の人生を犠牲にする気はありませんから」
「ははっ、そりゃ正論だな。思ったより馬鹿じゃないんだ」
「……馬鹿だよ。こんなに腐りきった男だなんて、ちっとも気がつかなかったもの」

ふたりの間に冷たい火花が散る。しばしのにらみ合いの末、先に口を開いたのは彼の方だ。
「前も言ったけど、俺は離婚はしたくない」
「奥さんは要らないのに、結婚はしていたいってどういう心理なの?私には全然理解できない」
「既婚っていうカードが欲しいんだよ。しつこく寄ってくる女除けにもいいし、上司の受けもいい。うるさい親も黙らせられる。離婚なんてしたら、またすぐお見合いだのなんだのとうるさく言われるのが目に見えてる」
女の私からすれば、なんて傲慢な台詞かと思うけれど……彼レベルにもてると、いいことばかりではないのは事実なのだろう。実際、振られた逆恨みから彼の悪口を言いふらしている女子社員が過去には何人もいた。
「……そういうことなら、同じように仮面夫婦希望の女の子を探せばいいじゃない? 
私と違って、光一さんならバツイチでも引く手あまたでしょうから」