光一さんはさらりと言ってのける。嫌みでもなんでもなく、本当に私の手料理などには興味がないという顔だ。
『奥さんは求めてない』
それが彼の嘘偽りない本音なのだろう。

(うっ……)

なんだか、ずしんと胸が重くなった。

セクハラ男のことで、ほんの少し優しい言葉をかけられたくらいで、なにを期待していたのだろう。
あれは単純に仕事として、職場の同僚をかばっただけなのだ。

(やばい。なんか、無理かも……)

同じ時間に家にいても、一緒に食卓を囲むこともできない。一つ屋根の下でも、別々の暮らし……。やっぱりこんな関係を続けていくのは、私には辛い。愛情どころか、友情すらもないに等しい夫婦関係。
割り切ってしまえば悪くはないのかも知れないけど、私はそんなに器用じゃない。

真実の愛ではなかったかもしれないけど、光一さんはずっと憧れていた人で……。私に無関心な彼を見続けるのは、苦しい。

たとえばこれがお見合い結婚で、これから愛を育んでいくということなら、お互いにその気持ちがあるのなら、まだ頑張れる。
けれど、光一さんの方にそんな気はまったくないのだ。片方が完全放棄をしている以上、私たちの間に愛が芽生える可能性はゼロだ。

(いい加減、決断のときなのかも……)

深呼吸をひとつして、覚悟を決める。弱気や迷いを必死に振り払い、ゆっくりと口を開いた。

「今後の結婚生活について、お話があります」

光一さんが温かい紅茶を用意してくれて、私たちはダイニングテーブルを挟んで向かい合った。
「で、話って?」
なかなか話を切り出さない私に、とうとう光一さんがしびれをきらした。
本当は私の心の中だって、もやもやしたままで、結論なんて出ていないのだけど……それでも
今の気持ちを伝えないといけない。そうしなければ、私たちの関係は一歩も前進しない。
そう思って、私は勇気を出した。光一さん側は、前進なんてこれっぽっちも望んでいない
ことも承知の上だ。

「よく考えたんだけど、やっぱり私は光一さんの望む仮面夫婦を続けることはできない。
王子様みたいな完璧な旦那様じゃなくていい。ごく普通に笑ったり、喧嘩したり、そういう
夫婦になりたいの。光一さんがそういうのが無理というなら……離婚も仕方ないと思ってる」
『離婚』という単語を実際に口に出すのは、かなりの勇気が必要だった。
特別若くも、美人でも、賢くもない私だ。再婚のあては全くないのだから、一人で生きていく
覚悟をしなければならない。