「まあ、飲め」


佐伯さんがそう言って私の前に珈琲を置いた。


その表情は普通で、責めるでも慰めるでもなかった。


「…ありがとうございます」


「まずっ…」


彼はそう言いながらも、その香りのしない作り置きの珈琲を飲んでいた。


「この珈琲の業者、替えた方がいいんじゃないか?」


彼は私を見たが、私がただその珈琲を見つめていたので言葉を続けた。


「でも、作り置きじゃどこも一緒か…」


窓の方を見て言ったその台詞は、会話の舞台に載らずに流れていった。


しばらく沈黙が続いた。


彼はブランドものの細目の縁なしメガネをかけ直したりしていた。




「夜梨…」


彼は短い髪をかきながら言った。


私はやっと、彼に顔を向けた。


「何に悩んでるんだ?」


「…いえ、別に」


悩んでいる訳じゃない私はそう答えるしかなかった。