白王子と黒猫


「猫。今日助っ人頼まれてるから待っててくれる?」
放課後になるとすぐに私は白にそう言われた。
「…嫌。」
私は顔をよそに向ける。今朝のことはやはり許せないのだ。
「…猫、僕は心配なんだよ?この前の新聞にもあった通りー」
「私は大丈夫だからっ!一応昔剣道やってたし!」
「…十年前…だったよね?」

(たしかにそうだけど!)

というよりも私は白と二人っきりで居たくないのだ。(帰り道とか)白の本性から察するに私に対して何かしらの嫌がらせを始めるだろう。
「えっと…。あ、私今日の夕飯作ろ…。」
「それなら僕がやるよ。その方が効率いいし。」
私はその言葉に反論ができなかった。私の料理は非効率だから。
「…じゃ、」
「…ご主人の命令は?」
「…はい。」
私は頷くしかなかった。


「よっと。」
白の技が決まった。私は相手に少し同情した。それもその筈、彼のサーブは早い。その上痛いところをついてくる。今思えば彼の本性だだ漏れなのによく気がつかなかったものだ。
「ああっ!八王子君素敵っ!」
「ほんとうっ!毎日眺めてたいっ!」
「今のサーブなんてまるで操ってるかのようね!かっこいいわ!」
…誰も嫌な場所を狙ってうってる彼の性格が悪いとかは思わないようだ。私は今、テニスコートの柵の外にいる。委員の仕事が終わりついて早々、彼にはこき使わされてる。タオルだ、飲み物だ、扇げだなんだ。

(私は執事じゃねーーー!!)

私の心の声は爆発しそうだ。しかもその行動をする度に周りの女の子の視線がいたい。私は知らず知らずのうちに溜息をついていた。
「そんなんじゃ幸せが逃げていくよ?」
「!松岡先輩っ!」
私の横にはテニスウェアを来た黒髪美青年がいた。テニス部部長の松岡先輩は白の腕に惚れ込んでいる。彼を執念に勧誘したが失敗し、私を攻略してテニス部に入れようとしてくる。ちなみに女の子のファンもいる。前まではたくさんの彼女がいたが今は気になる子がいるらしい。私が二番目に嫌う人種だ。
「どうしたの。悩み?よかったら俺に相談して?明日にでもカフェにいこうか。」
「いえ、お気になさらずに。ありませんから。」
「俺は君のこと妹のように思ってるんだ。…まあ、君の可愛さは誰にも見せたくないけど。」
「よくそんな歯の浮くセリフすらすらと言えますね。あっち行ってくださいませんか。わたしは今忙しいんです。」
「つれなー…」

ガシャンッ

柵にボールが飛んで来た。というか、少し柵が歪んでる気がする。私と先輩は恐る恐るボールが飛んで来た方向を見る。そこにはやはり白がいた。
「…すみません。失敗しました。」
白はそう審判にいった。新しいボールが審判から相手に渡される。
「八王子やるな。怖いわ。地獄耳。」
「悪口やめません?またボールが来たらどうするんですか。」
この人は私をからかって遊んでは白から何かしらの攻撃を受ける。そういうことが好きなある種の変態なのかもしれない。
「ま、食いにいくのはやめとくか。殺されるし…。」
「懸命です。」
「…で、有理香は?」
「来てませんよ。茶道部が忙しいらしいです。…というか、よく追っかけてられますよね。彼女に何回振られてるんですか?」
「あ、試合か。じゃーな。俺のことも応援してくれよ。」
逃げた。どうやら十は超えてるみたいだ。私の親友の有理香はもてる。彼も彼女に惚れた一人であったりする。

(大変だなー。有理香。)

私は親友に同情した。

(人のこと心配できる余裕は本当はないけど…。)

「…ふっ!」
私はその声を聞いて白の試合を観る。白と相手は長いリレーをしていた。かなりの長丁場らしい。
「せやっ!」
すると相手はいきなり変化のついたボールを放って来た。白はとっさに対応したが相手のチャンスボールになってしまった。
「やばっ!ここで取られたら負けじゃん…!」
女の子達が焦っていた。高く上がったボールを相手は見つめる。いい高さになるのをまっているようだ。

(まあ、負けても別に…私には…)

けど何故か釈然としない。負けることが何故か許せない。勝ってほしい。

「…頑張れっ!白っ!」
私は応援していた。相手は強くボールをうつ。白は自身の陣地に向かってくるボールを見つめる。

トンッ

白は絶妙な角度にあったボールを見向きもせずに片手の力だけでいなすように打ち返した。

「えっ!?」

相手は驚いていた。ボールは早くはないが打ちにくいものだったらしく相手のボールはあらぬ方向へと飛んで行った。

「試合終了ー」
審判はこれまでの結果を述べていく。白は相手と握手をしていた。女子の歓声がすごかった。私は押しつぶされそうなので柵から離れることにした。

(教室で待っておこうかな。)

私はその場を速やかに離れ白にメールでそのことをかいた。テニスコートは女子で埋もれ、白の姿も見えなかった。




私は本を教室で読んでいた。テニスコートは未だに人で溢れてるのだろう。試合はまだいくつか残ってるし応援してるのだろう。窓から差し込む赤い太陽の光が美しかった。

(まさにこの本を読むのにぴったりだ)

『赤い太陽』。最近出されたものだ。母親が男を取っ替え引っ替えするような情熱的な人だったが、酒に溺れた彼女に育てられた主人公は愛を知る術がなかった。その主人公はそのためか愛に飢えていくつもの体の関係をもつ。

(この本を書いた人は私と同い年と聞いたけど…すごいな。)

私は頭に情景が流れるような感覚に魅入られた。どこか生々しいが私にはそれが美の一つなのだと思えた。きりがよかったので本を閉じ、私は変えずにいた姿勢を楽にした。

(…眠くなって来た…)

私はゆっくりと瞼を閉じた。




『ほら、いい子だから泣き止んでっ?皆と一緒に寝よう?』
『だって、白君が…!わあぁぁぁんっ!』
私は泣いていた。白が遠い所に行く夢を見たのだ。幼い私にはそれが夢だと分かってても耐えられなかった。
『どうしたの?』
『…!あ、猫ちゃん。白君が来てくれたよっ!』
白は担任の先生と共にいた。私は白をみながら止まらない涙を手で拭った。
『…猫ね。白君が遠くへ行く夢をみたの。それでね…。』
鼻水が止まらない。白はその様子を見てティッシュを渡してくれる。
『僕は何処にも行かないよ。ずっと猫ちゃんの隣にいる。僕がおじいちゃんになってもずっと一緒だよ!』
『本当…?』
『うん。約束する。』
『約束だよ。ずっとそばにいてね…。』
私は白の手を握った。白は笑顔で私を見ていた。先生達が布団を用意してくれて、白は私を宥めてくれて背中をさすってくれていた。そして私を抱きしめながら眠りに落ちた。私は白の手を握りながら白がくれるあたたかさによって再度眠りに落ちた。

「ーー猫…?起きて…」
「…ん?」
白がいた。白は私の顔を覗いていた。外は真っ暗だ。
「…白?あれ、眠っていた?」
私は机から飛び起きた。白は髪が濡れたままだった。

ー髪かわかさずにきたのかな

「白。髪が濡れてる。」
「ん?ああ、そうだね。」
「かわかさなきゃ駄目だよ。」
「じゃあ、猫拭いて。」
「…わかった。」
「え。」
「何?」
「…嫌、何でも。」
私は白に椅子に座るように促した。白の髪からは水滴が落ちている。私は彼からタオルを受け取って髪を拭く。白の髪は柔らかくて昔の私は彼の髪をいじることがとても好きだった。今でもそうではある。

(ついでにゴムで結んじゃおうかな)

私は白の髪を想像していた。
「白。お疲れ。かっこよかったよ!」
「…えっ、そう…?」
「うんっ!あ、でも少し相手にも同情したけどね。」
白の腕は確かだし、相手も相当な手練れだったのは間違いない。同情という言い方は白の圧倒的有利を思わせるが白も追い詰められていたのは確かだ。点数差からみても明らかなのだが。
「白ってば昔は私より強くなんてなかったのに…。」
「…んー。そうだったね。」
「白は…」

男の子なんだね。

私はその言葉をいえなかった。

(…あれ?)

私は心の中でその単語にドギマギした。何故言えないのかわからない。
「ん?どうかした?」
「わっ、なんでも…っと!」
タオルを落としてしまって取ろうとした拍子に白の背中に触れる。細身だががっしりとしている。背中はシャワーの水のせいか濡れていて骨が浮き立って見える。
「猫ってば本当に鈍臭いね。」
白は私の方に振りかえる。白は笑っていた。前もそろそろ拭いて欲しかったのだろう。
「…っと、う、うるさいなっ!」
私はタオルを白の頭に被せて力一杯拭いた。
「…えっ、うわっちょっ!?」
白の頭は左右に揺れている。私はその様子に笑いが出てしまう。
「あはは!」
私は面白くなってさらに力を込める。
「…猫…?」
「ごめんね?白。」
白の少し怒った顔に私は笑顔で謝ってタオルを彼の頭から離した。そしてゴムで髪を結ぶ。
「なっ、ちょっ、やめろよっ!」
「えー。白の髪結びたい。」
「駄目。かっこ悪いから。」
「…むー。じゃあピンッ!」
白はそれなら…と、了承してくれた。白は髪の横にピンを差した。

ドキッ

私はその姿に少しどきどきした。まだ少し髪が濡れているからか、それとも彼の容姿が美しいからか、わからない。

(…でもこの姿誰にも見せたくない…。幼なじみの独占欲かな。)

「ん、似合う?」
「…に、似合わないっ!」
私はとっさに否定した。彼は口を開けて驚く。私ははっとする。私が無理やりやらせたのにひどいことを言った。
「猫に頼まれたからやったのに…。」
「…、と、とにかく!人の前でその髪は禁止っ!はやくかえろっ!私お腹減ったもん!」
私は鞄を持って廊下に出る。彼は私の様子に疑問を持った顔で私の後についてきた。