なんだかわけがわからない、と思いながらも、洸は遥久とともに、警備員室から自分たちのフロアに戻ったのだが。
そこで、遥久は、すっと自分から離れてしまった。
「お前によると、記憶喪失らしいから、教えておいてやろう」
冷ややかにそう言ってくる遥久は、自分が記憶喪失だという話を信じていないのかもしれないと思ったが。
まあ、この人、仕事中でも、いつもこんなだしな、とも思っていた。
「洸――。
いや、津田。
俺たちのことは、まだ誰も知らないから、社内では用もないのに話しかけてくるなよ」
じゃあな、と言って、さっさと遥久は総務に入って行ってしまった。
……記憶がないから、なんとも言いがたいんですが。
恋人同士にしては、めちゃくちゃ素っ気なくないですか?
っていうか、俺たちのことは、まだ誰も知らないからって、私も知らなかったんですけどねー。
そう思いながら、隣の人事に戻ってみると、デスクの上には、午前中やりかけだった仕事がそのままで。
その辺りは、特に記憶が途切れている様子もなかった。
いつもやさしい隣の席のおばさまや上司に、
「大丈夫?」
と訊かれて、答えながら、洸は思っていた。



