くらりとめまいを起こしてしまいそうな、まばゆい幻想の世界。
そこから現実へと引き戻されると、意識も自然と現実に沿うように落ち着いてくる。
足を止めては余計なものに思考を絡め取られるからと、大和のところまで走ってもどった。
ガチャッと大雑把に扉を開ければ、彼はぱちくりと目を見張ったあと。「どうした?」と、優しく聞いてくれる。
「な、なにも……っ」
「何もねえなら、そんな走ってこなくてもいいだろ。
っつうかお前、運動音痴なのに走れるのか」
「余計なお世話よ……っ!」
わたしだって、できることなら走りたくなんてなかった。
だけどあのままあの場所にいたら、何かが変わってしまいそうな気がして。それが怖くて逃げてきたなんて説明しても、大和はわかってくれないだろう。
……それでも。
彼がわざわざ「運動音痴」と揶揄うようにそのワードを出したのは、わたしの気がまぎれるように、だと思う。
それがわかってしまうから、困る。
何も知らない距離感じゃないから、困るの。
「ははっ、すぐもどってくるって言ったのにもどってこねえから、なんかあったのかと思ったわ。
……はやく帰ろうぜ。花がもう帰ってきてる」
「え、もうそんな時間?
じゃあ大和の家に寄って、花ちゃんも一緒にスーパー行こう。今日特売日だってチラシ入ってたわよ」
「知ってる。卵の特売な」
遅ぇけどまだ残ってるかな、と言いつつ歩き始める大和の隣に並ぶ。
襟にはもらったばかりのバッジが輝いていて。
「そういやお前、料理できるようになったのか」
失礼なことを言いながらも、彼は一切バッジのことにふれてこない。
いつも通りの会話をしてくれる大和を見て、いまこの場にいない親友に、心の中で「ごめんね」と謝った。



