「……信じられないかもしれねえけどな」



落ち着いた様子で口を開くいつみ先輩。

その手はずっと子どもをあやすように、わたしの頭を撫でてくれていた。



「……俺は守れもしねえような、

いい加減な約束なんか絶対に交わさねえよ」



「、」



「あの頃俺がそうしたいと思って約束した。

……まあ、幼いながらに好きだったからな」



「す、き、って……」



「そのままの意味だろ。お前分かってないのか?

『迎えに行く』って、プロポーズ以外の何物でもねえと思うけど」




かあっと。

いまさら知った意味に、また性懲りもなく色づく頰。それを揶揄うわけでもなく、わたしに言い聞かせるように先輩は優しい声を紡いでいく。



「それに俺は、あいつに嘘をついてる」



「え……?」



「夕帆にな。

……名字に姫がつく相手だって言ったことだ。実際はお前のフルネームを知ってたんだよ」



「………」



「でもそうやって濁しておけば。お前がもし俺のことも約束も忘れてた時に、覚えてないことを夕帆が責めたりしない。

まあ元々あいつはそういうヤツじゃねえけど、"人違いかもしれない"って逃げ道ができるだろ」



つまりは……

わたしが覚えていない場合のことを考えて、逃げ道を与えてくれたってこと……?