そんなにつらいなら、保健室開けてもらえばいいのに。こんな簡易的に用意されて不安定な場所で寝なくても、ベッドで寝ればいい。
そしたら……そばにいてあげるのに。
「……いつみ先輩」
静かに彼の名前を呼んで、そっと髪に触れる。
さらさらと風に煽られるやわらかな黒髪。
はじめて、会った時。
……この人の瞳に、囚われそうになった。
「……、はじめてじゃ、ないんだっけ」
先輩にとっては、2度目。
わたしにとっても2度目のはずなのに、掻き回されてめちゃくちゃになってしまった過去の記憶の中では、幼い頃の彼の姿を思い出せない。
思い出したい、のに。
わたしを好きになってくれたあの頃のあなたに、会いたいのに。
「………」
先輩とふたりでいられる時間なんて、ますます限られてくる。
だって彼は受験生で。わたしは冬にここを離れるわけだし。ロイヤル部のみんなも普段は一緒だから、ふたりきりになることなんてないし。
この時間が、この瞬間が、大切で。
好き、と。そのふた文字を、風に隠す。
「いつみ。……って、寝てんのか」
「……莉央」
「C棟から風邪薬取ってきてやったけど、寝てんなら飲めねーな。
……つーか、長椅子で寝たら絶対身体痛ぇだろ」
ほい、と渡された風邪薬の箱を受け取る。
普段から親切な彼はそれを飲むためのミネラルウォーターと、「それ飲んでいーぞ」とわたしへの差し入れらしいジュースまで持ってきてくれた。



