しかしながら、相手もいきなり追い出すような非常識な人間ではないようで。
目的は?とただ静かにいつみに尋ねる。
「八王子ルノの婚約を取り止めていただきたく伺いました」
……うわー。相手怒ってんぞあれ。
全員で部屋に押しかけるわけにもいかないから、俺らは部屋の扉が開いた状態で廊下から中の様子を見ているけれど。
「その話なら帰ってくれ。
取り止めて、うちに利益は何もないからな」
「ですが、」
「君は確か八王子のご子息とのご学友だったな。
気持ちは分からなくもないが、今回のこの件に関して"珠王"の介入は許されない」
その通りだ。だからといって引き下がるいつみでもねえけど。
どうすんだよと口を挟めるわけもなく、ピリピリとした雰囲気に部屋が包まれていた時。
「失礼致します」
そう言って、俺らのいる縁側とは正反対の場所にある襖が静かに開いた。
入ってきたのは先ほどの料亭の女将さんで、彼女は一瞬俺らを一瞥した後。敷島に「お客様です」と声をかけた。
「客?」
「突然の訪問大変申し訳ありません。
私の友人が本日こちらに伺っているとお聞きしましたので」
鈴のような、それでいて凛とした声。
綺麗なそれで空気を一瞬和らげたその人は、女将さんの後ろから顔を出した。……は?
「南々瀬ちゃん……?」
紺色の着物を身に纏って。
普段とは違い艶のある黒髪は結ってある。その肌には化粧まで施されていて、いつもの幼さの抜けた口紅が弧を描く。



