「夏休みに。

……母親に、とある話を持ち出されたんです」



「……話?」



「はい。……婚約者の」



かさ、と。お菓子の袋が、不自然に音を上げる。

オレンジベージュの髪の間から覗く瞳が、一度だけ動揺するように揺れるのを見た。……さすがに椛先輩も、これは予想していなかったのか。



「婚約者って……ルノまだ15じゃん」



「そうですよ。

同い年なので、先方は卒業と同時に籍を入れてほしいみたいなんですよね。そのために、今からもう話を決めておきたいらしくて」



まだ相手には会ってないけど。

八王子の名前を継ぐ限り、そういうこともあるんじゃないだろうか、と思っていたし。いまさら別段驚くことでもない。




「……承諾するつもりでいんの?」



「ええ、まあ。

今週中に顔合わせもありますし」



「………」



「あ、この話いまはまだ公になっていないので、話したのは特別ですからね?

内緒にしておいてくださいよ?」



夏休みにこの話を聞いて。とりあえず顔合わせをするまでの間に、彼女に告白しようとは思っていた。

ただ結局は俺の勇気がなかったせいで、椛先輩や莉央さんの言葉を借りるようにして告白する羽目になってしまったけれど。



「それと。

……南々先輩には、絶対内緒ですよ?」



もう、未練はない。

──彼女が望むのは、俺じゃないんだから。