「……屋上で、ルアの話をしたあの時。
信じられないかもしれないですけど、俺、南々先輩がいてくれればなんでもできるんじゃないかなって思ったんです」
ばかみたいな話だけど。
八王子の名前を持ってるのは俺の方なのに。……それなのに、この人が"姫"でいてくれたらなんでもできるんじゃないかなって、そんなことを思った。
贅沢な話かもしれないけど、俺は一度も八王子の名前を嬉しいと思ったことはない。
大事な双子の弟さえ守れない俺に八王子なんて名前があっても、変わらないと思ってた。
だから。
南々先輩のその強さに憧れた。痛いくらいに。
「南々先輩」
ふわりと秋の予感をにじませた風が吹けば、黒髪が靡く。……その姿さえ綺麗だと思う。
春の匂いのする人。だけど、なぜか。
ひどく切ない温度を纏う人。
触れてくれる手も、くちびるで触れた頰にも確かに温度はあったのに。……ひどく切なくなる。
「好きです」
伝えれば、彼女はわずかに目を見張って。
それだけで彼女の心の中に俺の存在が微塵もないことは、なんとなくわかる。……だって。
「返事はわかってますから良いです。
……でも。言わないんですか? いつみ先輩に」
「………」
「告白、されてるんですよね」
ずっと見てたんだ、これでも。
ずっとと言えるほど長い時間を重ねてきたわけじゃない。……だけど俺は南々先輩をロイヤル部に引き入れるよう説得したあの瞬間から、ずっと。
儚すぎるこの人のことだけ、見てたから。



