「……困らせること言っていい?」
顔を上げて、至近距離で視線を絡める。
お互いの吐息が重なりそうな近さに、否応なしにさっきのキスの会話を思い出して、顔が赤く染まりそうになる。
それを耐えるように目を細めて、うなずいた。
そうすれば彼は安心したように笑って、「姫」とわたしを呼ぶ。
けれど何か納得がいかなかったようで、彼ははじめて「南々ちゃん」と名前でわたしを呼んだ。
「俺、」
「人妻漁りしてたくせに今度はナナ?
──随分と、都合がいいみたいだね」
聞こえた声に、椛がぴたりと動きを止める。
嫌味な声の主はわたしもよく知る相手で、慌てたように「夕陽」となだめるそれは、目の前にいる彼の弟のものだ。
「……お前ら、なんでここにいんの?」
「なんでって、学校見に来ただけ。これでもアイドルなんで。オーキャンに俺が来たら大騒ぎになるでしょ。
今日は生徒会が撮影するから一部の部活は休みで生徒も少ないからって、兄貴が理事長に話通したらしいけどね」
どこまでも冷たい言い方をする夕陽は、わたしも知っている中学校の制服を身に纏っていて。
すぐそばまで歩み寄ってきたかと思うと、わたしの頰へと手を添える。それから近づく気配に自分のくちびるを覆えば、彼が目の前で顔を顰めた。
「手。邪魔なんだけど」
「顔合わせて1分でキスされそうになったら、誰だってこういう反応するわよ。
あと、週刊誌なんかに撮られたら面倒でしょ」
簡単に近づかないで、と。夕陽の手を払えば彼は「つれないな」と吐き捨ててあきらめたように距離を取る。
学校が夏休みだから、撮影なのか個人的な趣向なのか、夕陽の髪色は陽に透けるプラチナアッシュになっていた。
それが似合うのはさすがだと思う。
だけどわたしは夕陽の黒髪が好きなんだけどな、と、綺麗な横顔を見つめれば。



