「結婚したのが自分のお母さんだったら。
……浮気って言葉で、もっとお父さんのこと責められたのに、って思ったことあるでしょ」
「、」
「……ふたりとも愛せるなんておかしい、って。
言いたかったのに言えなかったんじゃない?」
椛の瞳が、わたしから逃げるように逸らされる。
隠してきた本音を暴かれることほど、怖いことはない。それがたとえ、張本人でなくとも。……心底、怖いと思うから。
「浮気じゃねえのそれって思ったことはあるよ」
「………」
「青海さん、呉羽のこと20で産んでんだよね。
……だからすげえ若いし、順序からしてもそれ愛人じゃねえの?って」
思ったけど、とつぶやいた椛が缶に口をつける。
それからわたしを見る瞳はもう、迷ってなんかいなかった。誰よりも、優しくて、強い人だった。
「でも、信じてるよ。
俺の唯一の家族を疑うことなんて、ない」
「椛」
手を伸ばせば、触れられる。
冬に、別れが来るとしても。いまはまだ。わたしが望めば、たやすく触れられる。何のためらいも、余計な壁もない。
「……大切なことは、確かに目に見えない。
それでもわたしは、自分の目で見たことを信じたいの」
「椛のことが大切だから」、と。
そう付け加えれば淡く揺らめいた瞳は、困ったような苦笑を添えて、わたしの肩にうずめられる。
シャツ越しに感じた椛の息遣いはひどく落ち着いているけれど。
「……あ〜」と、何かを堪えるように声を漏らす彼は。



