「そりゃあ嬉しいプレゼントだったからねえ」
ガコン、と鈍い音を立てて、缶が落ちる。
夏らしいさわやかなパッケージのそれをわたしに差し出した椛にお金を渡そうとしたら、「奢り」と微笑まれた。
しかもなぜか、やたらと蠱惑的な表情で。
「お金はいいから、ちょっと話付き合ってよ」
言いながら自分の分も買った彼は、そばにあるベンチを指差す。
話ぐらい全然良いけど、と促されるままベンチに腰掛けて缶のプルタブに指をかけると、プシュッと缶の独特の開封音。
「初対面……じゃなかったけど、呉ちゃんとはじめて話した時さ〜。
姫に、俺らの名字が違うって話しただろ?」
「あ、うん。椛以外は一緒だって……」
今日も、オレンジベージュの髪はとても綺麗だ。
ルアが自分の話をしてくれたときに、受験の時は黒髪にしてたって言ってたっけ。……それはそれで見てみたいような気もするけど。
「そうそ〜。
俺は母さんの名字で、呉羽と瑠璃と翡翠は父さんの名字」
本当は、ひそかに思っていた。
この人の名前によく似合う、髪の色だと。
「……俺は呉羽のことも瑠璃のことも翡翠のことも大事だと思ってるし。
青海さんのことを疎ましく思ったことも一度もない」
弾ける炭酸の感触が眩しく思えるほど、そう甘くはない現実の話。
椛が飲み物を買う口実で話してくれた、彼の家族の話。
「大切なものは目に見えないって言うじゃねえの。
目に見えなくても、俺の家族のつながりは、ちゃんと俺の中で大事なものなんだよねえ」
この人は、どこまでも優しいから。
複雑な家庭環境に気づいた時、思ったんだろう。家族をどうすれば傷つけずに済むのか、何度も何度も。王学に入ることを決めたのだって、ルアとルノのためで。──椛は、きっと。



