「南々瀬」
だめだ、目眩がしそうになる。
昨日だってそうだったけど、彼は周りを見ているようで見ていない。正式には、見ているくせにあえて知らないフリをする。
書類に向けられていた涼しげな視線はどこへやら、甘さを孕んだそれに射抜かれる。
徐々に熱を上げていた頰を指で撫でられる。それだけでどうしようもない感情に襲われて、薄く開いたくちびるに影がかかった。
「いつみせんぱ、」
あ、もうこれは……と。
目をつむってしまいそうになった時、わたしといつみ先輩の間を引き裂くようにして、ファイルが差し込まれた。
「はいはいイチャコラはそこまで。
いつみさっさと仕事しなさい。南々瀬ちゃん、いますぐメールに『了解』の返事をしておいて」
にっこりと笑みを浮かべる夕帆先輩は今日も綺麗だ。
有無を言わせない女王様の笑みに「あ、はい……」ととっさに返事を返すと、いつみ先輩は不機嫌極まりないという表情で夕帆先輩を睨んだ。
「邪魔してんじゃねえよ」
「むしろお前の行動が業務の邪魔」
「仕事はしてるんだから邪魔じゃねえよ。
いくみに相手してもらえなくて欲求不満だからって俺らでストレス発散すんな」
「殺す」
夕帆先輩の声が限りなく低い。怖い。
物騒すぎる。でも生徒会業務といくみさんの仕事が忙しくてふたりの時間を取れないのは本当なようで、フラストレーションが溜まってるみたいだ。
「夏休み中にふたりで旅行行くんだろ。1泊。
そんな先の話でもねえんだから俺らにあたるな」
「は? なんで知って……、いくみから直接聞いたのかよ!?
これだからブラコンは……報告しやがって……」



