「……あ、」



思わず声を漏らしたのは、その彼女の脚にしがみつくようにして、小さな男の子がいたから。

その子は俺のことをじっと見つめていて、目が合うと恥ずかしそうに隠れてしまう。



「椛。仲良くしてあげて」



父さんにそう背中を押されて、男の子に歩み寄る。

隠れようとするその子を父さんが「呉羽」と呼べば、その子はふるふると肩を震わせて。綺麗な女の人がまた同じ名前を呼んだかと、思うと。



「呉羽。

椛くんはね、今日から呉羽のお兄ちゃんなの」



俺の弟になったのは、小さな赤ちゃんじゃなくて。

もうある程度言葉も交わせる、4歳の男の子。



父さんはそこに母さんを呼び寄せて、俺と呉羽に言い聞かせるように伝えた。

「今日から椛と呉羽は兄弟で、父さんたちは5人で暮らすんだよ」と。




……どう考えてもおかしな話だった。

だけど幼い俺らにはまだ理解できないこと。



ただひとつ確かなことは、父さんの左手薬指にあるシルバーの指輪は、呉羽の"お母さん"と、おそろいだということだった。

──俺と呉羽は、何も知らないまま育った。



何も知らないまま、兄弟として育って。

当たり前のように一緒にいて、気付いたら呉羽は俺のことを「お兄ちゃん」って呼んでた。



俺は母さんのことを今まで通りに呼んでたけど、呉羽は「彩(あや)さん」って呼ぶ。

呉羽がお母さんって呼ぶ人を、俺は「青海(あおみ)さん」って呼ぶ。



だけどやっぱり、それらはすべておかしかった。

世間に揉まれて着々と常識を身につけていった俺は、その状況が、その家族が、おかしいことを知った。



中1の頃にはもう、ずいぶんとマセてたから。



「呉羽は青海さんの、連れ子で……

俺は母さんの連れ子……? でも、父さんは、」