俺が生まれた時、そばには父親と母親がいて。

ごく普通の、何の変哲もない3人家族だった。父さんは社員を100人ほど抱える会社の経営者で、特別裕福な暮らしではなかったけど、そこそこの暮らしをさせてもらっていたと思う。



──違う。

ごく普通の3人家族は、架空にしか過ぎなかった。



それを知ったのは、10年前。

俺がピカピカの黒いランドセルを買ってもらって、小学生になる、その直前のことだった。



「椛。話があるんだ」



困った顔をした母さんと、優しい表情を浮かべた父さん。

父さんがそんな改まった言い方をするのはめずらしくて、幼い俺にも真剣な話だってことは伝わってきた。



「はなし?」



この頃、俺たちが住んでいたのは小さなアパート。

父さんは仕事で帰ってこないことも多くて、ほぼ母さんと二人暮らし。だけど会えば目一杯遊んでくれる父さんのことが好きだった。




「そう、話。

まずひとつめ、広い一軒家に引っ越します。一軒家ってわかる?こんな風につながった建物じゃなくて、屋根のあるお家だよ」



幼稚園のともだちのあの子は一軒家に住んでるよね、と。

遊びに行ったことのある家の話を用いることで、大方"一軒家"がどんなものか想像のついた俺の瞳は、おそらくキラキラと輝いていたことだろう。



「しかもなんと、3階建てです」



「おおっ……!」



「ふふ、いいリアクションしてくれてありがとう。

そしてもうひとつ。椛に、弟ができます」



弟。弟、弟、おとうと……、弟?



「……弟!?」