「……酷、だな」
「……何か言ったか?」
「んーん、なんでも」
……どうせ、聞こえてただろうに。
いつみがそうやって聞こえなかったフリをするから、俺もそれに合わせるだけだ。──こうすることで俺らは、乗り越えてきた。
「ただいま〜!
ねえルノ、あたしに紅茶淹れてー」
「そろそろ戻ってこられるかと思って用意してますよ。
いつみ先輩はブラックコーヒーでよかったですか?」
なんでもなかったかのように、振る舞って。
言った"あたし"の声に、ルノはふわりと笑って答える。さすがプリンススマイル。ここに女の子がいたら絶対卒倒してる。
「ああ。莉央は部屋行ったのか?」
「いえ。
1限目が体育なので、莉央さんは授業です」
「あいつほんとに身体動かすの好きよね」
それに比べてコイツは、と。
ソファに寝転んでまぶたの上にタオルを乗せている男のオレンジの髪をぐい、と引っ張った。
「っ、った、ちょ、夕さん……!」
「あら、あたしってよく分かったわね?」
パッと手を離して、代わりにタオルを掴む。どうやらお湯で濡らしてあったようで、ちょっとだけ温かい。
ぱちっとかち合った瞳は、髪を引っ張ったのが本当に痛かったのか、薄ら涙の膜が張っていた。



