その俺が長期休みぐらいしか帰ってこないとなると、呉羽の中で溜まり続けたネガティブな感情は出口を見つけられないままで。

夏休みに入ってからはしばらく様子を見ていたけど、それが溜まりに溜まって爆発するまで間もないことには気づいていた。



だからあえて、煽るような言い方をした。

そうしないと、呉羽がさらけ出せないままだから。



「……呉」



腕を伸ばして、白い頰に触れる。

そっと親指で頰を撫でればぽろっと呉羽の瞳から涙がこぼれ落ちて、隠すように呉羽が肩に目元を押し当ててくる。俺の二の腕をつかんだ手は弱々しかった。



「……いい子」



よしよしと、やわらかい黒髪を撫でる。

話は呉羽が泣き止んで、落ち着いたそのあとでいい。



くちびるを噛んで、嗚咽を堪えている呉羽。

じわじわと部屋着の肩の部分に涙が沈むのを感じる。堪えていた嗚咽も、優しく背中をさすってやることでこぼれ落ちて。




「……にいちゃん、」



「ん?」



「やつあたりして、ごめん……」



小さな謝罪の言葉に、「いいよ〜」と笑う。

誰も八つ当たりされたなんて思ってねえし。普段お利口な呉羽が多少荒れて俺に文句を言ったところで怒ったりなんかしない。



『麻生』の表札の下に、『騎士』の名前が並ぶ3階建ての一軒家。

1階には3人分の寝室と父親の書斎。2階にはリビング、ダイニング、キッチンとお風呂。3階は俺らの子ども部屋と物置。



「……泣き止んだら、ゆっくり話そうな」



こくこくと、うなずく呉羽の背中をそっとさすりながら、水滴がまたグラスの側面を滑るのを見やる。

──"家に母親がふたり"存在するこの場所は、どこからどう見たって、歪な世界だった。