呉羽が公立の中学に進んだときも、何も言わなかったのはきっとそのせいだ。
俺と夕さんが知り合って弟同士も仲良くなったわけじゃなく、同じ中学に通って仲良くなった呉羽と夕陽の兄が、偶然俺と夕さんだった。
「もっとわがまま言えばいいんだよ〜。
……本妻は、お前と双子の母親なんだから」
「っ、兄ちゃん……!」
我が家での禁句を口にすれば、途端に声を上げる呉羽。
俺だってわざわざ、呉羽の表情を罪悪感でゆがめるような禁句を言いたくはないけれど。何も間違っていないから、謝ることはしない。
「……あとは、俺が帰ってこねえのが理由?」
「違っ、」
「家から通える距離にあんのに、わざわざ俺は学校から帰ってこねえんだもんな〜。
自立したいお前は寮に入りたいけど、そしたら家に瑠璃と翡翠だけになる。だからそれを心配してる」
つらつらと確信のある言葉を並べれば、ふるふると首を横に振る呉羽。
それが、「兄ちゃんのことを責めたいわけじゃない」の否定であって、「そういう意味じゃない」の否定ではないことを、俺が一番知ってる。
「……いいじゃん、入れば。
寮だって入りたいなら入りな。俺は生徒会の寮がついてるからそこに住んでるだけで、お前が寮入るって言うならいつでも実家にもどってくるよ」
「兄ちゃんこそ、わがまま言わないじゃん……」
「俺は長男で、お前は次男だろ〜?
それに俺の母親はお前にとって、兄ちゃんの母親なだけで、家族じゃない」
「なんで、そんなこと言うの……」
つ、と。グラスの側面を、水滴が滑る。
キシッと軽い音を立てて軋んだソファから立ち上がり、呉羽の前でしゃがみ込んで見上げた瞳は、泣いてしまいそうなほど不安定にゆらゆらと揺れていた。
呉が泣くのは俺の前でだけ。
弟と妹の前では兄のプライドが勝つ上に、俺らの親の話は少々複雑すぎる。だから、俺の前でしか晒け出せる場所がなかった。